イムラアートギャラリー [京都/東京]

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この度、イムラアートギャラリー京都では、堀尾貞治展「あたりまえのこと3kg 絵画」を開催いたします。
本展は「重量絵画」による展覧会となっております。「重量絵画」というのは、3kg の重さ、
というように重量条件を設定し、3kg 分の金属を自由につなぎ合わせて造形する作品であります。
1960 年代より「具体」のメンバーとして活動を始めた堀尾貞治は、パフォーマンスアートの先駆者であり、
現在も精力的に展覧会を行い、活躍しています。
中学生の時に、一生絵を描き続けよう、と早くも決心したという堀尾。彼の創作の中心は一貫して、
「あたりまえ」のものである「空気」の存在をいかに表現するか、という試みにあります。
日頃意識することのない「空気」。目に見えないけれども生きるためには必ず必要な大切なもの。
この存在の希薄な「あたりまえ」のものを可視化する為、身近なものにその日の色を塗り、カタチを作り、
毎日毎日何十年と絶え間なく続ける行為もそのひとつであります。
ひたすら日々作品を作り続ける積み重ねは、「堀尾貞治」という存在そのものがアートであるとも言える
現状を生み出した大きな要因の一つと言えるでしょう。
『時間のないやつは、本質があってイキイキしている。それは真理やと思う。』
インタビュー記事に記されていたこの言葉に、日々制作と展覧会を続ける堀尾の意思が込められているように
思います。
堀尾貞治の新たなる「あたりまえのこと」との対話を是非、ご高覧下さい。

この度、イムラアートギャラリーでは2年ぶりとなる、木彫作家 山﨑史生の個展を開催いたします。

一本の木から掘り出す技法「一木造り」を用いて水彩絵具で彩色を施しています。

作品一体が完成するまでには、非常に時間がかかり、年に数点と寡作ではあるが、長い時間をかけ、作品と自身と向き合い完成された作品は、木彫ならではの温かさと、どこか寂しげで純朴な佇まい、そして圧倒的な存在感を放っています。

本展では、今年完成させた新作の木彫作品3点と、イメージを描きとめたドローイングを初めて発表いたします。ドローイングは山﨑にとっては、制作する際の最初の工程であり、あくまで木彫作品を制作する上で頭に浮かんだイメージを平面に描きとめた下絵ではあるが、木彫作品の方向性を左右するものであり、山﨑の制作においては、非常に意味のあるものです。

山﨑史生の世界観をどうぞご高覧くださいませ。

尚、10/3(土)はニュイ・ブランシュKYOTO 2015に伴い21:00まで開廊しております。

琳派400年記念を迎える2015年、イムラアートギャラリーでは「平成琳派」として山本太郎と芸艸堂とのコラボレーション展を開催いたします。

山本は1999年より古典絵画に現代風俗が融合したような独自のニッポン画を標榜してきました。100年に1人現れる平成の琳派継承者として国内外共に高い評価を得ている山本は、シドニーのニューサウスウェールズ州立美術館でのグループ展、アメリカのミネアポリス美術館でのグループ展、そして日本全国での展覧会にて、平成琳派の作家としての確固たる地位を築きました。能、舞も嗜み、古典芸術に造詣の深さを見せると共にそれらを取り込み独自性へ変換する山本。現在は秋田公立美術大学の准教授として教鞭をとりながら作品を数多く発表し、着物などコラボレーション制作も行い、様々な分野において活動の場を広げています。

「ニッポン画」とは、
一、今現在の日本の状況を端的に表現する絵画ナリ
一、ニッポン独自の「笑い」で諧謔を持った絵画ナリ
一、ニッポンに昔から伝わる絵画技法によって描く絵画ナリ
これは作家が自ら「ニッポン画」と呼ぶ絵画の定義です。伝統的日本絵画の技法を駆使して描かれる山本太郎のニッポン画には古典と現代のモチーフが混在しています。古典絵画を踏襲し、意表をつくユニークなモチーフを組み合わせる作品からは、ユーモア溢れる山本の感性がありありと感じられます。

芸艸堂は明治24年創業日本唯一の手摺木版和装本出版社です。近代琳派の継承者、神坂雪佳の版画作品なども出版してきました。今回特別に本展覧会のため、芸艸堂制作による神坂雪佳の版画「住の江図」に山本が加筆し、その部分の版木を新たに作り一枚の版画を完成するという方法で、神坂雪佳 山本太郎 木版画「信号住の江図」を制作致しました。琳派の親しみやすさと気品を、ニッポン独自の諧謔を持って表現することを意識し制作する山本。琳派の創始者、本阿弥光悦や俵屋宗達から続く流れを汲む平成の絵師山本太郎と神坂雪佳の、平成における邂逅をご堪能下さい。

又、2月25日から3月3日まで髙島屋大阪店にて、3月11日から17日まで髙島屋京都店にて、同時開催しております展覧会「古画降臨 -Coga Calling-」も併せて是非ご高覧下さい。
*3月14日15時より髙島屋京都店にて、細見良行さん(細見美術館館長)をお迎えしてトークイベントもございます。

イムラアートギャラリー京都では、桃田有加里 個展「ぼく、雲」を開催いたします。折々の感動や心象風景を人工的ともいえるほど鮮やかに独創的な色彩感覚で表現する桃田の作品は、まるで雲を見ている時のように無限に見る者の想像力を掻き立てます。ビビッドな色彩や線、抑えられた明度差、平坦で滑らかなグラデーション、そして部分的に厚く垂らした絵の具の層。今回の新作ではそれぞれを異なる描写で描くことによって、コラージュ的でより人工的なイメージの表現へとつながっています。尽きることのない探究心を持ちつつ、透き通るような心の眼差しで描く桃田。この度イムラアートギャラリーでは初の個展となります。
人物画、心象風景画ともに描く度に新たな展開をみせる作品群をぜひご高覧ください。



「色彩は雲の故郷である、というヴァルター・ベンヤミン(20世紀ドイツの思想家)の言葉がある。遊ぶことの大好きな子供が雲を眺めながら直感だけをたよりに無限の空想を生み出してゆく姿をベンヤミンは人間が色を媒介にして空想の膂力を手に入れるプロセスに重ね合わせたのである。」という趣旨のことを今福龍太氏は『ここではない場所 イマージュの回廊へ』の中で述べています。そこから私は自身の作品の色彩=雲というイメージを抱くようになり、本展のテーマとしました。長い歴史の中で人の手によって作られた"芸術"。私はその"芸術"の中に作家の生涯や心の密度、その絵を描くのに費やした時間が凝縮して投影されているように感じます。私が芸術作品 と対 面するとき、時折画面からそういった作家の人間性を感じ取れる作品に出会うことがありますが、そんな時、ふと自分が惹きつけられているものが"絵画"という作品を通り越して、作家の手によって生み出された"人工物"(根本)にあると気づきました。

"人工物"、それは生きていないにも関わらずこんなにも人を惹きつけ感動させる魅力があることに今、私は非常に興味をそそられていま す。ゆえに、私の絵画の中にそういった"人工的な部分"を織り
込みたいと思ったとき、自然界には存在しないビビットな色を用いるようにな りました。
主観ですが、人工物は時間が止まっているような印象を受けるため、私はそういったところに現実とのつながりを絶つ瞬間を感じ、キャンバスに無時間的な空間を記録するために制作を続けています。」

桃田有加里

[作家在廊日] 3/20(木)、22(土)、25(火)、28(金)、29(土)、4/1(火)、3(木)、5(土) <予定>

イムラアートギャラリー京都では英ゆう個展「作庭」を開催いたしま す。
英は2000年から10年ほど、タイと日本を行き来し制作を行っていました。タイの供花や伝説をモチーフに 色彩豊で、濃密なマチエールの油彩画を描いていました。2010年から拠点を京都に制作しています。

今回の展覧会のタイトルは「作庭」。石の燈籠や石塔を葉と花で覆い、編み直し、もう一度風景に入れて「庭」 をつくり出しています。庭には知恵や創意、自然との対話が存在し、それらは、日本人の自然観に繋がっていると言えるのではないでしょうか。

石燈籠や石塔といった無機質で冷たく、神秘的でシンボリックでもある、不思議な造形のものを全く異なる素材 である植物で覆うことで、
特異な空気感を纏いながらも、見慣れた景色が生み出されています。

本展では大作を含む油彩画約7点に加え、2012年にアジア交流展でインドに行った時に描いた水彩画も展示いたします。
英ゆうの独特の絵画世界を是非ご高覧ください。

「神秘的な構造の石燈籠を葉と花で編み直し、もう一度風景に放り込む。
燈籠があるだけで街も川も山も庭の景色になる。」 英ゆう 

  

イムラアートギャラリー京都では、5年ぶりとなる木彫作家、山﨑史生の個展を開催いたします。

山﨑は、1本の木から彫り出す技法「一木造り」を用いて、楠に彩色を施しています。
2006年から取り組んでいる「静かな隣人」シリーズは、子供の胴体に家畜の頭という、擬人化された造形で、それらに共通するのはどこか寂しげで儚い眼差しです。
静謐な空気感と同時にどこかゆがみやアンバランスさも感じさせ、独特な存在感を放ちます。

「僕の作品が異形の姿をしているのは、その存在の曖昧さに制作者としての自分を投影し、形あるものにすることで肯定したい気持ちがあるからかもしれない」と、山﨑は言います。

長い時間を費やし、木と向き合い、自分自身と向き合い、生み出された作品は何らかの気配を感じさせます。
楠が持つ独特の芳香、滑らかで美しい木肌、そして山﨑の確かな技術で削り出された造形は見る者を穏やかに包み込みます。

近年はジパング展(日本橋高島屋、大阪高島屋、京都高島屋、新潟万代島美術館、秋田県立近代美術館に巡回)に出品し、注目を集めました。
静かに凛と佇む山﨑の最新作を是非ご高覧ください。  

   

イムラアートギャラリー東京では、「ニッポン画」を提唱する山本太郎の個展を開催いたします。山本の描くニッポン画は、日本の昔の絵画を現代の視点で再構成したものです。多層的で混沌とした現代の日本社会を、可笑しみと愛おしさをもって描きます。

本展覧会では、日本古来の暦である二十四節気がテーマの作品シリーズを展示いたします。このシリーズは、放送作家である小山薫堂氏の依頼で制作され、小山氏がプロデュースする京都の老舗料亭、下鴨茶寮のスタッフの名刺デザインとして使用されることが決まっています。小山氏は、故郷熊本の様々なプロジェクトを手掛け、いまや全国で人気の熊本県PRキャラクター「くまモン」の発案者でもあります。同じく熊本出身の山本とのコラボレーションにより今回のシリーズ制作が企画されました。二十四節気とは、春夏秋冬の四季をさらに6つに分けた24の季節を表すもので、日本人の生活に密着した暦として使われてきました。二十四それぞれの季節に名前がつけられ、その時節の行事は大切に受け継がれています。季節に対する繊細な感覚が日々の暮らしの中に息づいている日本ならではの光景といえるでしょう。日本に昔から伝わる暦を、山本ならではの視点で再構成した今回のシリーズは、まさにニッポン画の精神そのものです。本展では、京都にて展示された18点に、新たに制作した6点を加え二十四の季節を一堂に揃え展示いたします。季節の移ろいのなかに描かれる、変わらない四季の美しさと変わりゆく日本の姿の共演をぜひご高覧ください。

「高橋コレクション展 マインドフルネス!」

会場 : 鹿児島県霧島アートの森
会期 : 2013年7月12日(金)〜9月1日(日)
出品作家 : 橋爪彩

 

本展は放送作家として活躍している小山薫堂氏とのコラボレーションにより実現する展覧会です。

日本はそれぞれの季節ごとに違った表情をみせる、四季折々に美しい国です。そんな移ろい行く時間を昔の人たちは24の季節に分け、それぞれに名前をつけ楽しみとしたり、実際の生活の中で活用したりしました。それが二十四節季と呼ばれるものです。また、年中行事もその季節に合わせて発展し、一年を通してお祭りのない季節はないといっても良いくらいです。日本、特に京都の文化に強い思い入れと深い理解を持つ小山氏は、現代においても息づいている微かな気候の移ろいを感じ取る日本人の感性をテーマとした、二十四節季の作品シリーズ制作を山本に依頼しました。小山氏は全国でも人気の高い熊本県PRマスコットキャラクター「くまモン」の発案に携わるなど生まれ故郷である熊本への強い思いから様々なプロジェクトを手掛けています。山本も同じく熊本出身、という繋がりをきっかけに今回のプロジェクトは発足しました。

本展覧会では24作品のうち18点を展示、その後秋(9月21日(土)~10月20日(日)を予定)にイムラアートギャラリー東京にて残りの6枚を加えた24枚全てを展示致します。シリーズ完成後には小山氏が亭主及びプロデューサーを務める、安政三年(1856年)創業の京都の老舗料亭、下鴨茶寮スタッフが使用する名刺デザインに起用されることが決定しています。
季節や年中行事は歴史の中繰り返し題材とされ描かれてきました。その伝統を受け継ぎながら、平成のニッポン画家、山本太郎が独自の視点から描き出す表情豊かな日本の季節を是非ご高覧ください。

なお、7月15日(月祝)には小山氏を迎えトークショー、オープニングレセプションを開催致します。 是非お運び下さいませ。

イムラアートギャラリー京都では、極並佑 個展「Appetite for painting」を開催いたします。

極並の作品はこの数年、目をみはる変化を遂げています。
数年前までは人物や背景は単純化され、輪郭は黒く縁取られ、色面が均一に塗られるという、非常にグラフィカルな印象でした。しかしこの2、3年で、描かれる人物の背景に室内の家具が現れ、海や山といった自然の風景が描かれ、平面画面の中に奥行き、物語性が感じられるようになりました。そして、今回の作品では、「より絵画としての表現を追求したかった」と本人が言うように、印象派を彷彿させるような表現による新たな絵画が生み出されています。

木漏れ日の森林、岩肌に佇む女性...背景に描かれる風景は以前に増して、微妙な色調と光を捉え、何層ものフィルターを重ねるように描かれ、線と色面で描かれる人物との対比が一層人物の存在感を強めると同時に、不思議な空気感が漂う世界が広がっています。顔の見えない人物は自分にとって、よりバーチャルな存在になりつつあると言います。背景に関しては、いわゆるペインタリーな表現を意識していると言うが、アクリル絵具で描くことにより、絵具そのものへの抵抗感を減らし、よりフラットな印象を求めていると言います。

油絵具のようなキャンバスへの絵具の盛上りも少なく、層を重ねてもアクリル絵具がキャンバスの裏へ入り込んでいく感覚であり、改めて平面としての空間性を意識させられていると言います。画面の中で繰り広げられる、この人物と背景のアンバランスさが、極並の新たな創造行為と言えるでしょう。

「Appetite for painting」と題するように極並がこの数年取り組んでいる「絵画への追及」が何であるかを是非ご高覧ください。

イムラアートギャラリー京都では、三好彩の初の個展「火」を開催いたします。

赤、青、黄、緑、ピンク、グレー、黒、白など様々な色彩の油絵具が、時に厚く、ダイナミックに重ねられ、力強い存在感で迫ってきます。描かれるモチーフは、体内の臓器を想起させるような曲線や、シンメトリーの図柄、具象とも抽象ともとれる不思議な形体で、それらが、強烈な色彩で画面いっぱいに広がります。

幼少期から抱いてきた言葉にできない感覚やイメージを描いているが、「自分の感覚を人に伝えるのはとても難しく、言葉にすると違うものになってしまう。完成した作品は、まるで自分の分身のようである」と言います。不安や違和感といった感情からイメージし、描くことが多く、一見不穏で混沌とした世界のようですが、常に自己の内面に向き合い、無垢で純粋な印象をも与え、見る者に強烈に訴えかけてきます。
三好が内に秘める、他人のうかがい知ることができない様々な記憶や感情が、独特で鋭敏な感覚で描き出されます。

本展のタイトル「火」は、生命力、エネルギー、生きていること、源 など、これらを統合してシンプルな単語で表したと言います。大胆な筆遣いで描かれる、自由奔放で、エネルギー溢れる作品群を是非ご高覧ください。

2012年11月17日(土)より「辻村史朗「土」展」を開催致します。  

奈良県水間町、美しき人里離れたこの地を庵に選び、火と土と共に生きる陶人、辻村史朗。自然釉の深い味わいと力強い存在感溢れる作風が特徴の、 今日本を最も代表する陶芸家です。

氏のライフスタイルは全てが辻村史朗作品といっても過言ではありません。 重厚で分厚い引き戸、炭の煙でいぶされた黒光りする柱や床、無造作に塗り込められた土壁。家屋、茶室、寄り付き、 全て辻村氏本人が運び込んだ材木を使い自ら施工。それだけでも心奪われてしまいます。そして招かれた客人たちは 氏とその家族からの心のこもったもてなしを受け、盃を交わすのです。よって心が通い豪放磊落な辻村氏の作りだす器 の意味を知るのです。

師をもたず、独自の方法で作陶を極 めた辻村史朗の制作スタイルは、非常に豪快で奔放です。自他ともに認める 多作で、年に数えきれない作品を作り出します。またそれらは雨風に晒されながら自然と風合いを増していき、奈良 の大自然をそのまま閉じ込めたかのような、奥深い景色を作り出すのです。

また、作陶だけにとどまらず書、絵画と幅広い作品製作にも長年力を注ぎ続け、その作風は大変力強く圧巻であり ます。辻村史朗の茶器・食器・絵画と書の展覧会を3会場にて同時開催致致します。 それぞれに力を注いできた作品をそれぞれの異なった設えでどうかお楽しみください。

京都随一の骨董通である古門前に店を構える「てっさい堂」にて茶器、古門前から新しいスペースへ移り、本展が こけら落しとなる「tessaido 昂」にて食器、丸太町から現代アートを発信し続ける「imura art gallery」にて絵画・書。

京都での個展の開催は7年ぶりとなる大変貴重なこの機会、是非ともご高覧下さい。


会場マップ.jpg


[ 会場 ]
茶器... てっさい堂
605-0089 京都市東山区古門前通り大和大路東入
TEL 075-531-2829
FAX 075-525-1026
営業時間 10:00 - 18:00

食器... tessaido 昂
605-0074 京都市東山区祇園町南側570-103 ZEN 2階
TEL 075-525-0805
営業時間  11:00 - 18:00

 絵画・書... imura art gallery
606-8395 京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31
TEL 075-761-7372
FAX 075-761-7362
営業時間 11:00 - 19:00



[ 作家略歴 ]
1947 奈良に生まれる。
1965 画家を志し、東京へ上京。井戸茶碗に魅せられ作陶を決意。
1969 作陶を始める。
1970 奈良・水間に家を建てる。
1993 英国・ウエスト デボンに築窯。

[ 主な個展 ]
1977 奈良・水間にて初個展
1983 東京・日本橋三越本店
1984 名古屋・丸栄
1987 大阪・阪急デパート
1990 京都・たち吉本店
1993 ドイツ・フランクフルト・ジャパンアート
1994 ロンドン・ギャラリーベッソン、ドイツ・フランクフルト・ジャパンアート
1999 京都・裏千家茶道資料館
2003 ニューヨーク・ギャラリー古今
2006 東京・ギャラリー遊
2008 京都・大徳寺芳春院
2011 東京・銀座一穂堂
2012 京都・てっさい堂、tessaido 昂、imura art gallery

[ パブリックコレクション ]
○アメリカ:カンザス大学付属美術館、クリーブランド美術館、ブルックリン美術館、
 ボストン美術館、メトロポリタン美術館、
○日本:京都・裏千家茶道資料館、ミホ美術館
○ドイツ:フランクフルト工芸美術館
○スウェーデン:ストックホルム美術館

イムラアートギャラリー京都にて岡田真希人個展を開催致します。


今回初となる本若手作家の展覧会では「焦燥と挫折、希望」を題材とした新シリーズを発表。不安、逃避、異世界や過去へのあこがれ、そしてその先の希望、という普遍的な精神状態の表象として金術、科学実験、航海などのモチーフを卓越したデッサン力により描きます。精緻な描写に鮮やかな青の色面により切込みを入れ、神秘的で引き込まれるような絵画空間が構築されています。
イムラアートギャラリーが注目する実力溢れる若手作家、岡田真希人の造形世界を是非ご高覧ください。



現在、美術において「崇高(sublime)」というのは死語なのかもしれません。(20世紀にかけても 一種のロマンティック・リヴァイヴァルはあったにしても)。それでも、そこに向かって歩んでいった あらゆる作家たちの誠実さの検証と、そうした「美学」の回復とが私の仕事なのだと思います。たとえ 18世紀末~19世紀的な(ここでは広義の)ロマン主義的な熱病だとしても、むしろもう一度、その熱 に浮かされながらも静寂と深淵の世界にたどり着き、その最奥で昂る感情に触れられはしないかと。( 私的な感情でもあるが、今はその機だとも思います)。

 「崇高」へ向かおうとする、ロマン主義的な精神、観念、感情にまつわるものの(ある意味で矛盾し た言葉になるが)普遍性または遍在性を考えるとき、私はできるだけ旧来の手法のひとつ(絵画)で単 純に扱うことが望ましいと思っています。「出現(appearance)」、「本質(essence)」と「照応( correspondence)」、古びた魔術的なやり方でしょうが . . . 。 

自然への畏怖、危惧や恐怖、死、また、そこからの逃避か、異世界や過去へのあこがれ、自分だけの 世界への没入 . . . はりつめた精神の向こうにある希望 . . . 希望すら乗り越えるべきものかもしれません 。バークのいう「欠如した状態(privation)」すなわちライトモチーフとしての空虚(vacuity)、闇 (darkness)、ほの暗さ(obscurity)、孤独(solitude)、沈黙(silence)、無限(infinity)、そして モチーフとしての航海、嵐、薄暗い化け学の実験室、夜、月 . . . 。これらはあくまで必要条件でしかあ りませんが

錬金術師たちが、暗い実験室で、物質と非物質の創造の原理を実験器具のなかに再現しようとしたよ うに、画家たちは「世界」を絵の中にもう一度見出したい、それが永遠の断片にすぎなくても、証とし て保存したいと徒労のなかで欲してきたのではないかと思います。私は彼らの追体験をしながらも、む しろそうした熱病的な気分というか気質みたいなものを、画面上にとどめることはできないかと考えて います。(動機や意志みたいなものでもあります)。

 

 大切なのは絵画としての純度をいかに高めてやるかです。グラファイトの鈍い色味とそれにニス層の 質感が合わさった効果と、おもに合成ウルトラマリンを基軸にして作られる透明な青。私にとって、そ の青は、静寂と深淵に引きずり込む鎮静剤であるとともに、その鎮静のただなかに昂りがある厳格で気 高く危険な色だと感じます。そして、単一の中に(その合成過程と、またわずかな混色とによる)緑や 赤の陰をとどめておくことができ、恐れや迷いが別の感情に高まろうとする状態を現すのに適している と考えています。私のしていることは、画面に透明な青い絵の具を塗り付けているだけかもしれません 。ただそれが断片的で不完全なものだとしても、ロマン主義的精神の普遍性、遍在性のひとつの証にな ればよいと思います。 

岡田真希人

この度イムラアートギャラリー京都では、橋爪彩個展「sometimes we can't choose where we die」を開催いたします。

橋爪彩(1980年東京生まれ)は東京芸術大学修士課程修了後、ベルリン、パリと制作拠点を移し、2010年より日本で制作に取り組んできました。
常に自身のリアリティから社会的意識を模索し、橋爪は抜群の描写力でその先への到達を試みてきました。
昨年の個展では、ヨーロッパ滞在中に実感した西洋中心の美術への一撃として「After Image」シリーズを発表しました。本展では、ヴァニタス、エロス、死をテーマにした「After Image」シリーズの新作を展示いたします。

そして、もうひとつ。橋爪が自身のリアリティを持って、新たに取り組んでいるテーマが3.11です。
2011年3月11日に起った東日本大震災と原発問題から、一年が経ちました。この間、確かめようのない様々な情報が様々なメディアを通じて飛び交い、日々刻々と事態が変わっていきました。被災地から遠く離れた多
くの人にとって、この大きな出来事をどのように受け止めたらいいのかわからぬまま、あの出来事がいまや早くも残像となりかけてはいないでしょうか。このことを、橋爪は絵画に留めることを選びました。

本展では「After Image」シリーズと3.11をテーマとした新作、約6点を展示いたします。
何卒ご高覧いただきますようお願い申し上げます。

また、ART KYOTO 2012の関連イベントとして、国立京都国際会館にて青山七恵氏とのトークショーも行います。こちらも併せて足をお運び頂きますよう、お願い申し上げます。

 


この個展が決まった当初は、私が近年従事しているシリーズ"After Image"の更なるアップデートで展示を作り上げる予定にしていた。しかし時間とともに、今現在日本という世界中が注目する問題を抱えた国の作家である私が西洋絵画をテーマにした作品を作り続けることが必ずしも急務ではないと思い直し、手探りだとしてもあの一連を作品に昇華したいと強く感じるようになった。


あまりに大きな出来事であり、絵画という瞬間を切り取る芸術が長大な時間軸で今もなお切れ目無く続く出来事を扱うという事はとても難しいが、作家の使命として関わらずにはいられない。
本展のメインイメージになるF100号の油彩画「a lovely day」は被災したその中心の人々以外の中で、日々薄まっていく震災の記憶の可視化に挑んだ作品だ。

あの日私たちは酷く衝撃を受けたはずなのに、一年と待たずどこか現実味が無く、ふわふわとぼやけてしまった。東京に住み仕事をしている私(または同じくする多くの人々)にとって手触りのない現実をそのまま画面上にアウトプットすることからまずは始めてみよう。
時に残酷な現場の空気に偽りのない輪郭を与え、恒久的に未来へ残されていくことにより時代を語る装置として美術が機能するという側面と、3.11を通して改めて向き合いたい。

橋爪彩

 

この度イムラアートギャラリー京都では「田嶋悦子個展 Flowers」を開催いたします。

田嶋悦子は1980年代、旧来の美術の枠に囚われないパワフルな表現を特徴とする女性作家たち「超少女」を
代表するアーティストとしてデビューを果たします。女性の体を象徴する造形と力強い原色で構成されるフェミ
ニズム的作品は大きな注目を浴びました。1988年頃からは植物のイメージを伴う有機的でうねるようなフォル
ムが現れます。同時に作品表面の派手で艶やかな色彩は影をひそめ質感、さらには作品の周りに存在する空気を含めたかたちを意識する制作へ移っていきます。この流れを汲むように1992年頃から田嶋の作品は白化粧のみを施した一連の白い作品へと変化を遂げます。記号化されたフォルムは心の奥底に潜む精神性のシンボルのようで静謐な世界観を感じさせます。

間もなく田嶋は、ガラスの細片を石膏型に詰め窯で成形するモールド・キャストと呼ばれる手法で生まれる、
半透明のガラスを組み合わせる新たな表現へと到達します。タタラで造形し色化粧を加え焼成した陶、それに
呼応するようにガラスが融合し、洗礼されつつも女性的でしなやかな勢いを感じさせます。
約5年ぶりとなる今回の個展を飾るのは展示空間を埋め尽くす黄色の花々。花粉のような柔らかさを持つ化
粧と艶のある釉薬によるレモンイエローは生命力に溢れています。今回ガラスのパーツには新たに蛍光灯を再利用したガラスを採用。内に淡い光を秘めたような薄緑色は深い存在感を放ちながら同時にビビッドな黄色に溶け込みます。泉のような透明感を持つ作品は、作家の試み通り私たちを「活力ある色彩によりここちよい光の世界へ」いざないます。

確かな技巧と感性によって進化を続ける田嶋悦子の造形世界をどうぞご高覧ください。

この度、イムラアートギャラリー京都では、12月10日(土)より、渡邊佳織個展「朝のグッドニュース」を開催いたします。

渡邊佳織(1984年静岡生)は、京都嵯峨芸術大学の修士課程(芸術研究科)を修了、髙島屋3会場を巡回した「ZIPANGU展-31人の気鋭作家が切り拓く現代日本のアートシーン。」に出品、映画の劇画協力も行うなど、日本画の枠におさまらず、あらゆる分野で注目を浴びている期待の若手日本画家です。

彼女は制作において「儀式を執り行う場所で感じられるような"緊張感"を生み出す作品を作ること」を意識しており、それを表現するモチーフとして「子供」を選びます。大学での模写で培われた確かな日本画の技術によって描き出される、子供の透き通るような肌の美しさや、あどけなさと成熟さを感じさせる表情は子供特有の「神聖さ」をそのまま写し出します。


今回の個展では、ZIPANGU展にも出展した作品「輝々麒麟」を中心に展覧会全体を通じて「子供の旅」を描きます。決して明るいとは言い難い世界へ子供達がこれから旅を始めようとする様子は、どこか "不安感" を与えます。

3年振りの個展となる本展では、過去作から最新作品までを展覧いたします。展覧会タイトルは「朝のグッドニュース」。「good news」は「福音」という意味も含み、不安とともにはじまりや希望も感じさせる展覧会名となりました。ぜひご来廊、ご高覧賜りたくご案内申し上げます。

また、12月10日(土)17時より、作家を交えてレセプションを開催いたします。
こちらにも足をお運び頂けましたら幸いに存じます。

この度イムラアートギャラリー京都ではアレクサンダー・ゲルマンの個展を開催いたします。

アレクサンダー・ゲルマンは、ニューヨークと東京を拠点に活動する米国のアーティストです。世界各地で広く発表されている作品は、ニューヨーク近代美術館、フランス国立図書館を初めとした各国の主要美術館に収蔵されています。様々なメディアを駆使し、アート、科学、政治、ポップカルチャーの境界に挑みつづけています。

ゲルマンは近年はニューヨーク、東京を中心に作品を発表してきましたが、今回初めて京都で個展を開催いたします。

今回、イムラアートギャラリーにて発表される新作shadowシリーズは、見方によってあり方が変化するあらゆるもののアイデンティティーのあやふやさに迫っています。あるものの影は、その輪郭線のみを映し出しており、そのものの重要な特性を欠いたイメージです。しかし同時に、そのものからは独立した別の形を持った平面図形としても成立しています。一見、情報の欠如したイメージとも思える影は、あるものが全く異なったコンテクストの中において解釈され得るという可能性を示唆する形ともなり得るのです。影の持つこの二重性を通しゲルマンはその特性を強調するのではなく、反対にその一部を隠す、という方法でアイデアのエッセンスを抽出します。

彼の作品は「深淵かつ複雑な意味と解釈が閉じ込められている、究極のシンプル」と評されます。ゲルマンは作品の創造的プロセスの本質は、余計な要素を排除し、アイデアのエッセンスを見出す引き算の美学であるといいます。日本文化はこの引き算の美学を「間」という感覚として共有しています。

ゲルマンは日本の文化に対し深い共感と理解を示しています。彼が見ているのは、一見して分かりやすい、エキゾチックで表層的な日本の姿ではありません。彼は、日本の工芸、舞台芸術、美術、武術、香道など様々な文化に強い関心を持ち、それらを通し脈々と受け継がれる日本独特の哲学や美意識を見つめています。

展覧会期間中、名勝渉成園(東本願寺)にて開催されるアートフェア「超京都」(11月11日〜13日)にてゲルマンの作品が展示されます。こちらも合わせて是非ご高覧ください。


アレクサンダー・ゲルマン略歴

【展覧会】
2004 「 Limited Run: Gelman Vs. Roth」(アンドリューロースギャラリー、ニューヨーク)
         「 Gelman/Davis」(アンドリューロースギャラリー、ニューヨーク)
         「 16スケートボーズ」第四回国際インクペインティングビエンナーレ(深.、中国)
2005 「 エレメンタル・ナレティブス」3つの大規模なインスタレーション(CET、東京)
2006 「 アレクサンダー・ゲルマン・エキシビション:ニューヨークコネクション」 (GGG,東京)
         「 トレジャーマップ」インスタレーション (CET、東京)
2007 「 Little Black」インスタレーション (Nanzuka Underground、東京)
2008 「 Gelman/Davis」(Nanzuka Underground、東京)
2009 「 Gelman's Masterpieces」漆器と陶器のチェス(燕子花、東京)
2010 「 Corner」インスタレーション (Nanzuka Undergroud、東京)
         「 Yakusugi」屋久杉のチェス (京都アートフェア)

【著書/モノグラフ】
2000 『 Subtraction』RotoVision (イギリス)
2001 『 Alexander Gelman』China Youth Press(北京)
2004 『 Infiltrate』BIS (アムステルダム)
     『 Gelman/Davis』PPP(ニューヨーク)
2005 『 Elemental Narratives』CET(東京)
2006 『 Gelman Thinks』Browns (ロンドン)
         『 アレクサンダー・ゲルマン』GGG (東京)
2009 『 Little Black』Sequencer (ニューヨーク、東京)
         『 ポストグローバル』PHP研究所(東京)
2010 『 Gelman's Chess: The Artisan Experience』Globally Local Media(東京)
2011 『 35°38' N 139°42'30" E』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Chess Collectible』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Shadows』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Temptations』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Obscured by Clouds』Sequencer(ニューヨーク、東京)

【コレクション】
ニューヨーク近代美術館 (ニューヨーク)
スミソニアン博物館(アメリカ)
フランス国立図書館(パリ、フランス)
デンバー美術館 (コロラド、アメリカ)

この度イムラアートギャラリー京都では「染谷聡展 うらがえりたいのために」を開催いたします。

染谷は今春、京都市立芸術大学大学院 博士課程を満期で退学。2009年には東京国立近代美術館工芸館での「現代工芸への視点─装飾の力」、2010年は「里山のおいしい美術」(まつだい農舞台)、京都の圓通寺・二条城で開催された「観○光」、2011年は「ZIPANGU展−31人の気鋭作家が切り拓く現代日本のアートシーン。」、「漆展--新い漆のかたち--」(伊丹市立工芸センター)、「会津・漆の芸術祭2011 〜東北へのエール〜」に参加するなど、注目を集めています。

染谷の作品の特徴は、"もの"(いきもの等)をモチーフに、原型を粘土で作り、乾漆技法を用いて制作しています。また、作品の表面には、作家自身の興味や日常が、文字、文様、マンガなどが、漆の加飾技法の一つである、蒔絵によって描かれています。

伝統ある漆芸装飾の様式美、伝統技法を取り入れながら、現代的な感覚で描かれる漆の加飾は、観る者の目を楽しませます。制作行程で、時間的、環境的制約を余儀なくされる漆と向き合う中で、素材が持つ様々な可能性、性質を理解し、ここ数年で多様な作品を制作してきました。
塗椀、寿司桶、風呂椅子、神棚、米、人毛、枝、アクセサリーなど、様々なものが作品に取り込まれ、染谷の独特な美意識、遊び心が感じられます。
展示空間、展示方法、作品タイトル、語感、それら全てにおいて「かざる」という一貫したテーマの下、漆という素材を通じ、染谷らしいオリジナリティを生み出しています。

最近は「漆とあそぶ」という感覚を特に大事にしていると言います。
そのなかで、漆が持つ、しっとりとした、瑞々しい皮膚のような質感から、人体をより意識するようになり、皮膚に残る、しみや傷、皺といった痕跡をも加飾の一部と捉え、それらも一種の「かざり」と考えるようになったと言います。新作では、丸みを帯びた女性の体の曲線、重なりあう体の部位が表れ、そこに漆の艶が加わり、官能的な印象を受けます。

今回の展覧会タイトルは「うらがえりたいのために」。
「作品を作る行為が、自分自身をペロンと裏返し、自分の内部に探し物をしているような感じ、になれば楽しそう。でも、今はまだまだ何もわからない途中なので"のために"です。」 染谷聡

この度、イムラアートギャラリー東京では日野田崇 個展「新しい筋肉」を開催いたします。
本展は、2009年個展「変形アレゴリー」以来、当ギャラリーでは2年ぶりとなったイムラアートギャラリー京都
での個展(2011年6月4日~7月23日)の巡回展となります。

セラミック・アーティストの日野田崇(1968 神戸市生まれ)は、1991年に大阪芸術大学芸術学部工芸学科陶芸コースを卒業し、現在は京都嵯峨芸術大学芸術学部の准教授です。

日野田は、陶土に日本のマンガやアメリカンコミックのような線や図形、絵をのせて作品を作ります。作品は、造形、色、表面の図柄が混在しながらも共存しており、見る者は二次元(表面)と三次元(造形)の世界を往来します。
日野田の作品は、有機的なかたちと、マンガという親しみやすい題材によって見る者を容易に近づかせますが、実は物語のない断片的な情報や、不気味にも見える図柄の集まりということに気づくと、我々は戸惑い、不穏さを感じます。愛嬌と狡猾さが同居しているようなこれらの作品は、冷静に社会を見つめる作家の批判精神を代弁しているようにも見えます。
作品に描かれているように見える絵は、実はプラスチックシートを切り抜き、貼ってできた図柄であり、現在の日野田の制作には欠かせない方法です。この、日野田の精巧なつくりこみが、作品に存在感と説得力を与えます。

また日野田は、展示空間も徹底してつくりこみます。作品同様プラスチックシートを巧みに切り抜き、展示空間の壁、床、天井に計画的に時に自由に線や絵を描き(実際は貼る)ます。まるで作品から線や図柄が飛び出しているようにも見え、正に展示空間がひとつの世界となります。
このようにしてできあがる日野田の作品は「陶芸」という括りではおさまらず、あらゆる領域の往来を可能にしています。このような作品や展示方法は国内だけでなく海外でも評判を呼び、欧米やアジアでのグループ展にも数多く参加しています。

本展は、「新しい筋肉」と題し、日野田のヴィジョンによるこの先の人類のカタチを表現した作品約5点を展示
予定です。今までにはない、紫や緑色を使用した作品も注目です。もちろん、プラスチックシートを駆使した
インスタレーションを行います。
また、8月20日(土)18時より、小田島等氏(イラストレーター・デザイナー)をお迎えしての対談を行います。
本展をご高覧いただきますとともに、対談にも足をお運びいただけましたら幸いに存じます。


小田島等 Hitoshi ODAJIMA

1972 年東京生まれ。イラストレーター・デザイナー。桑沢デザイン研究所卒業。1995 年よりフリーランスとして、CD ジャケットや書籍デザインの分野を中心に活躍。その後、イラストレーションやグラフィックデザインだけでなく、漫画や展示活動にも表現の領域を広げる。著作に『無 FOR SALE』(04 年)、『2027』(07 年/古屋蔵人、黒川知希との共著)、監修本に『1980 年代のポップ・イラストレーション』(09 年)。また、細野しんいちとのユニット「BEST MUSIC」としてインストCD 作品『MUSIC FOR SUPERMARKET』(07 年) をリリース。2010 年には初の作品集となる『ANONYMOUS POP 小田島等作品集』を上梓するなど精力的な活動を続けている。
小田島等 公式サイト http://www.odajimahitoshi.com/


この星の上に生命が誕生して以来、その肉体のかたちは常に環境と一体になってメタモルフォーゼを遂げてきた。しかしヒトが環境を操作し激変させた結果、そのシステム自体が完全に破綻をきたしている。

骨も皮も筋肉ももうその目紛しい変化にはついていかないように感じられる。
しかし、ある音楽家が21世紀の音楽について尋ねられたとき、その答えの中で「人間はまだまだ原始的な段階なのであり、変化を受け入れることで新たな筋肉をつけるように、長い鍛錬の時期を経て変わっていくだろう」と述べていた。

それはかつてないミューテーション的な変化となるのか、古い倫理観を完全に塗り替えるものになるのか。
いずれにしても、魚がかつて陸上に上がって歩行動物になったくらいのドラスティックな変わりようであるのは間違いないように思える。

そのとき僕たちは一体何処にいるのだろう?
まだ地球の上にいるだろうか?

ヒトが類として存続することがこれほど困難に感ぜられる現在、その岐路のヴィジョンが頭の中を去来している。 
日野田崇



この度イムラアートギャラリー京都では極並佑展を開催いたします。

極並佑(1985年生京都府生まれ京都在住)は2009年京都造形芸術大学大学院芸術研究科修士課程を修了しました。大学院に在学中の2008年から「modern people」と題する一連のシリーズを制作しています。

登場する人物は顔のパーツの部分が描かれていません。
「顔のみえない人物、誰でもない、言い換えれば誰でもある、そんな曖昧な人物像に大きな魅力を感じている」と極並は言います。携帯電話、インターネット、ブログにツイッター。距離を超え、時差も飛び越え、世界中の人々が顔を合わせることなく、瞬時につながる現代社会。そんな時代に生きる現代人の曖昧で希薄な関係性が表されています。登場人物の顔の部分が描かれていないにも関わらず、その人物の存在がしっかりと主張されています。

これまでの彼の作品は、人物や背景が単純化され、黒く太い線で輪郭が縁取られ、色面が均一に塗られ、非常にグラフィカルでクールな印象を与えていました。しかし、昨年から作風に変化が見られました。グレートーンの微妙な色彩で描かれる山や海といった風景が背景に現れ、全体が不穏な雰囲気に包まれています。
又、背景に整然と並ぶ大きなドットやソファーが描かれるなど、平面画面において、奥行きと物語性が感じられるようになりました。それまでは極力ミニマルな表現に徹していましたが、現在はそういった削ぎ落としてきた欠片を拾い集める感覚で描いているといいます。

今回はイムラアートギャラリー京都にて初の個展となります。100号2点を含む新作約7点を展示いたします。平面絵画の可能性を追求する極並佑の新しい展開をご高覧くださいませ。


どこかずれた関係が現実的であり、曖昧な輪郭だけが自身の中にシンプルな形で存在する。
顔を見せない人物になんとなくの安心を感じているのは、ごく自然なコミュニケーションの隙間を埋める、形のないパズルピースがそこにあるからだ。

今回の展覧会「彷徨うシンデレラ」では制作の過程で放棄してきたものを、欠片として拾い集め、絵画としてのアプローチを強く意識した。客観性を重視し、限定された要素の中、グラフィカルな表現を通し、平面としての可能性を探っていたこれまでよりかは、純粋に作品に向かい合えたのではないかと感じている。
物語性やマチエール、ある程度の自由は、絵画としての性質をより混乱させてしまう可能性がある。雑然とした状況が当たり前に受け入れられる中、平面、絵画について今一度考えられればと思う。

極並 佑

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