イムラアートギャラリー [京都/東京]

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タグ「Masaharu Sato」が付けられているもの

会場:森アーツセンターギャラリー
会期:2017年11月1日(水)〜2018年1月8日(月祝)
出品作家:佐藤雅晴

会場:Firstdraft Gallery(シドニー)
会期:2017年10月4日(水)〜10月27日(金)

会場:北海道立函館美術館
会期:2017年6月10日(土)〜8月20日(日)
出品作家:佐藤雅晴、橋爪彩、宮本佳美

■会場:岐阜県美術館
■会期:2017年4月15日(土)~6月11日(日)
■出品作家:佐藤雅晴

会場:ギャラリーPARC
会期:2017年1月24日(火)〜2017年2月5日(日)
出品作家:佐藤雅晴

tags: Masaharu SATO ,

「ART FAIR TOKYO 2016」

■会場:東京国際フォーラム ホールE
■会期:2016年5月12日[木]~5月14日[土]
■出品作家:佐藤雅晴, 橋爪彩, 堀尾貞治, 樂雅臣

この度、イムラアートギャラリーでは佐藤雅晴の個展を開催致します。本展では、これまでに佐藤雅晴が制作してきた作品の中から、平面作品を12点展示いたします。

佐藤雅晴は1973年大分生まれ。1999年に東京芸術大学、大学院修士科修了後ドイツに10年間滞在。ビデオカメラで撮影した、実写映像を終始同じルールと手順でパソコン上でトレースしていく制作方法をとっている作家です。ビデオカメラで日常の風景や光景を撮影し、パソコンのペンツールを使って、膨大な時間を費やし、一筆、一筆トレース(写し、なぞり)を行い作品を仕上げていきます。膨大な作業の果てに僅かに表れる実写との差異が佐藤雅晴の作品の大きな特徴です。

本展は東京 原美術館で行われている、「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴 東京尾行」に併せて開催しております。佐藤雅晴の作品をこの機会にぜひご高覧下さい。

tags: Masaharu SATO ,

会場:原美術館 (東京 品川)
会期:2016年1月23日(土)~2016年5月8日(日)
出品作家:佐藤雅晴

tags: Masaharu SATO ,

会場:Centro Cultural FIESP(FIESP文化センター)- SESI Art Gallery(Paulista Avenue 1.313ブラジル・サンパウロ市)
会期:2014年8月25日(月)~10月5日(日)
出品作家:佐藤雅晴、土屋貴哉

イムラアートギャラリー東京では、「Group show 橋爪彩・佐藤雅晴・土屋貴哉」を開催いたします。近年、美術館を中心に発表を続ける所属作家3名の本展では、各作家の過去の主要作品を展示いたします。本展を通して、作家それぞれの展開の一貫性と多様性を楽しんでいただければと思います。


橋爪彩は、1980年東京生まれ。東京芸術大学修士課程修了後、さらなる探求のために、ベルリン・パリへと拠点を移し、ヨーロッパで生活しながら制作をするという、自身の状況と日々の記録から生まれた「Red Shoes Diary」シリーズを展開。2010年には日本に戻り、西洋中心主義的美術のあり方を問う「After Image」や「innocence, ignorance and insanity」シリーズを制作しています。
2013年の「DOMANI展」(国立新美術館)で、渡欧前の作品から最新作までを一堂に展示し、その画業が高く評価されました。今年は、「ノスタルジー&ファンタジー展」( 国立国際美術館)、「高松コンテンポラリーアート・アニュアル展」(高松市美術館)に出品、またコスメブランド ポーラ『RED B.A.』のメインビジュアルを手がけるなど、活躍目覚ましい若手作家のひとりです。
本展では、島田雅彦著『美しい魂』の装丁を手掛けた2003年当時に制作した作品を含め、「Red Shoes Diary」以前の作品を中心に展示いたします。


佐藤雅晴は、1973年大分生まれ。東京芸術大学修士課程修了後、2000年にドイツに渡り、帰国するまでの10年間に独自の表現を生み出しました。パソコンに取り込んだ実写データの輪郭をトレースし、油絵を描くようにパソコンで色彩を重ねて制作される佐藤のデジタルペインティングは、写真のようで写真ではなく、絵画ではあるがそこに絵具のマチエールはないという、独特の空気感をまとっています。アニメーションは、デジタルペインティングのデータをつなぎ合わせて制作されます。
2013年には「ナイン・ホール 佐藤雅晴展」川崎市市民ミュージアム(神奈川) 、「楽園創造 -芸術と日常の新地平- 」ギャラリーαM(東京)の二か所で個展を開催。今年は、「日常/オフレコ」KAAT神奈川芸術劇場(神奈川) 、「Duality of Existence - Post Fukushima」フリードマン・ベンダ(ニューヨーク) に出品するなど、国際的にも活躍しています。
本展では、ドイツから帰国した2010年以降のデジタルペインティングとアニメーションを展示いたします。


土屋貴哉は、1974年東京都生まれ。東京芸術大学大学院修士課程修了。1990年代より、日常の環境システムにきわめてシンプルな方法で介入し、知覚に揺さぶりをかける作品を発表。それらは、映像・写真・平面・立体・インスタレーションなど、多メディアに渡っています。近年は新たな試みとして、ネットアートシリーズも手掛けています。
2013年にはイムラアートギャラリー東京の改築を題材とし、建築家のアタカケンタロウとともに、場の変容と時の顕在化を試みたインスタレーションプロジェクト「昨日はどこへいった。」を発表。
今年、「Uphill」横浜市民ギャラリーあざみ野エントランスロビー(神奈川) 、「1974年ニ生マレテ」群馬県立近代美術館(群馬) に出品、また8月にはサンパウロで開催されるメディアアートの国際展「FILE 2014」にも参加するなど、国内外で活躍しています。
本展では、立体、写真、ネットなど様々なメディアで展開される過去作品を展示いたします。

■会場:Friedman Benda, New York
■会期:2014年6月26日(木)〜8月9日(土)
■出品作家:佐藤雅晴

この度、イムラアートギャラリー東京では、佐藤雅晴個展「ヒロコの肖像」を開催いたします。新作の平面作品7点を展示する予定です。
佐藤雅晴は1973年に大分に生まれ、東京芸術大学、同大学院卒業後、2000年に渡独。10年間のドイツ滞在期間中に実写を写しとるという手法によるアニメーション制作を始めます。制作時間の大部分はパソコン上でのトレースに費やされます。佐藤は、当時滞在していたデュッセルドルフの街並や、学校やバイト等で知り合った知人をビデオカメラで撮影し、パソコン上で「何かを強調することも筆跡等を残すこともしないで、なるべく撮ったものに近づけるようにしています。」 と言うように、終始同じルールと手順でトレースしてゆきます。実写に近づけようとする作業や、そうして出来上がる現実の世界を模倣したかのようなイメージは、言葉や習慣の違い等、自分と社会を隔てる溝の深さを認識しつつ、社会との接点を探り続ける作業やイメージと近いのかもしれません。
2010年の帰国後も、対象物から一定の距離を保ちつつも緻密に実写の表面を写しとるという手法によって、知人の子ども、ウサギとクマの着ぐるみ、蒲鉾工場等、様々な動作、風景や光景をモチーフに作品を作り続けています。
本展で発表する平面作品は実写との距離が限りなく近く、一見するとまるで写真展のようです。しかし、それらの作品群が精巧にトレースされたものだと、そして対象物との間に一定の距離を持ち合わせていることに気づいた時、私たちがものを見る際にそれを所有しようとする視線は見事にはねかえされるのです。
混乱状態を積極的に作り出し、鑑賞者自らものごとの本質を再考させるよう促していく作り手の姿勢がうかがえます。今回選んだ「女装した青年の写真」というモチーフがその混乱をより複雑なものにすることは間違いないでしょう。佐藤雅晴の作品をこの機会にぜひご高覧ください。

協賛 | 株式会社データフォト
       株式会社カシマ

会場:秋田県立近代美術館
会期:2013年9月14日(土)~11月10日(日)
出品作家:上田順平、佐藤雅晴、三瀬夏之介、山﨑史生、山本太郎、渡邊佳織

会場:八戸市美術館(青森)
会期:2013年7月13日(土)~8月25日(日)
出品作家:上田順平、佐藤雅晴、三瀬夏之介、山本太郎、渡邊佳織

「Yamato Dynamics」

会場:MIZUMA GALLERY(ギルマンバラックス・シンガポール)
会期:2013年4月12日(金)~5月26日(日)
出品作家:佐藤雅晴、中山徳幸、橋爪彩、英ゆう、日野田崇、三瀬夏之介、山本太郎、渡邊佳織

会場:高崎市美術館(群馬)
会期:2013年4月7日(日)~6月16日(日)
出品作家:上田順平、佐藤雅晴、三瀬夏之介、山﨑史生、山本太郎、渡邊佳織

この度、イムラアートギャラリー東京では、佐藤雅晴個展、11月26日(土)より、映像作品展「取手エレジー」2012年1月7日(土)より、平面作品展「ココちゃん」を開催いたします。

佐藤雅晴(1973 年 大分県生まれ)は、1996 年東京芸術大学美術学部油画学科を卒業後、1999 年同大学大学院修士課程を修了。2000 年に拠点をドイツに移し活動後、2010年より茨城県取手市で制作しています。

2009年には岡本太郎現代芸術賞にて特別賞を受賞、「 No Mans Land」(フランス大使館旧事務所棟、東京)に出品など高く評価されています。また、国内にとどまらず、「D調」(関渡美術館、台北)、「City_net Asia 009」(ソウル市立美術館)などの国際展にも出品し、国際的活躍も期待されています。

佐藤が用いる平面作品の制作方法は極めて独自のものです。まず写真を撮影し、その写真データをパソコンに取り込みます。取り込んだ写真データをパソコン上で、トレースし、油絵と同じように下地を塗り、絵具を重ねるようにペンタブレットで描くのです。最終、写真データのみ消去され、佐藤がペンタブレットで描いたものだけが残ります。そうして生み出された作品には、写真でもなく絵画でもない、独特の空気をまとっています。

一方、佐藤の映像作品は、そうして作り出された複数の平面(静止画像)を重ねることで作られています。「取手エレジー」では、映像作品5点を展示いたします。「ココちゃん」は、近所に住んでいる2才の女の子をモデルに描いた平面作品の展覧会になります。

デジタルをアナログに駆使した佐藤の新作をぜひご高覧ください。

 



「エレジーとして蘇るもの――夢、狂気、気配」

佐藤雅晴は、アナログな手法で制作されたデジタルアニメーション、デジタル絵画などを通じて、都市あるいは都市の周辺部としての郊外や田舎における少し捩れた不思議な日常風景を描き出すことで、現代社会の背後にある問題を提起する。故にそれらの作品には、主題は佐藤の居住地に限定されながらも、地球上のどんな都市部とその周辺部にも当てはまり、何処で起きても不思議ではない現代性が現れる。

例えば初期のアニメーション代表作《Traum》(2004-2007)や、2008年頃から制作しているデジタル絵画では、自らの夢などに取材した不思議でオカルト的都市体験が描かれており、現実世界と夢世界の間を互いにスライドさせることで、ふたつの世界に潜む「気配」が表面化されているように見える。<br />《Calling》(2009-2010)では、都市の様々な場所で誰も居ないが故に鳴り続ける携帯や固定電話が電話を掛ける側と受ける側とのネットワークを暗示し、非常に現代的な都市の気配――ネットワークシステムとしての都市や遠隔コミュニケーションの発達によるユビキタスな存在態――を出現させる。また《Avatar11》(2009)では、11人の等身大のポートレートが様々なシーンを背景に観者側に振り返り続けることで、ネット上の背景もしくは情報によってのみキャラクターが規定されるようなヴァーチャルなアイデンティティの問題が提起される。

本展「取手エレジー」出展作《バインド・ドライブ》(2010-2011)では、「絆」という夫婦演歌を背景に雨の降り続く郊外――佐藤の居住地である茨城県取手市周辺の様々な無人の風景がある種クールで淡々とした視点で切り取られていく。最後には田んぼの真ん中に駐車された車内で天使(女)と悪魔(男)がカーステレオから流れる「絆」を口パクで歌い上げ、「捨てないでね」「捨てるもんか」と絆を確かめ合う。現在の日本では放射能と切り離して考えることができなくなった雨の下、この不可能な絆、不条理な関係がどこへ進むのかと我々は考えさせられる。
また新作映像では、取手の風景を元に、どこにでもありそうな郊外の風景にある種の物語を纏わせること、すなわち風景を情景に転化することを試みている。そこには、《バインド・ドライブ》の不条理な現実にも通じ、佐藤が3.11の震災以降に感じた心象風景が重ねられているのであろう。《エレジーシリーズ:桜》では、郊外の住宅地で桜吹雪が散る中、ブルーのジャージを着た女の人が交通ミラーに向かって手を振る。何かが不可解で不安になるのは、もしかしたら我々の心理がそうさせているのかもしれない。このように、佐藤の作品は情景として機能しながらも、観る私たちの想像力へと続きを委ね開かれている。それは必ずループになった映像が、絵画と同じようにどの瞬間から見ても成立し、観客が自由に鑑賞・構想できることを目指すことにも寄るのだろう。

佐藤の作品に共通して見られるある種の不可解さや違和感、あるいは摩擦のような要素は「完全な日常というイメージ」にかすかに入ったひび割れのように機能することで、観者である私たちが現実だと信じている「生の現実」にも照射されていく。この不可解さや不安感はおそらく、現代文明や管理された近代システム下で抑圧され居場所を失った「夢」、「狂気」、「気配」が表現として亡霊のように戻って来たことに依るのだろう。このように佐藤は、今後も世界中で続いて行く都市化という現象を内部から経験しつつ、ある種のエレジーとして表現することで、我々に「夢」、「狂気」、「気配」といった失われたものについて再考する機会を与えてくれるのだ。

椿 玲子/森美術館アシスタント・キュレーター
京都大学大学院、人間・環境学研究科、創造行為論修士、パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ)哲学科、現代美術批評修士、カルティエ現代美術財団インターンなどを経て2002年より現職。
森美術館では「MAMプロジェクト007:サスキア・オルドウォーバース」、「MAMプロジェクト011:ジュール・ド・バランクール」などを企画。

この度、イムラアートギャラリー東京では、佐藤雅晴個展、11月26日(土)より、映像作品展「取手エレジー」2012年1月7日(土)より、平面作品展「ココちゃん」を開催いたします。

佐藤雅晴(1973 年 大分県生まれ)は、1996 年東京芸術大学美術学部油画学科を卒業後、1999 年同大学大学院修士課程を修了。2000 年に拠点をドイツに移し活動後、2010年より茨城県取手市で制作しています。
2009年には岡本太郎現代芸術賞にて特別賞を受賞、「 No Mans Land」(フランス大使館旧事務所棟、東京)に出品など高く評価されています。また、国内にとどまらず、「D調」(関渡美術館、台北)、「City_net Asia 009」(ソウル市立美術館)などの国際展にも出品し、国際的活躍も期待されています。

佐藤が用いる平面作品の制作方法は極めて独自のものです。まず写真を撮影し、その写真データをパソコンに取り込みます。取り込んだ写真データをパソコン上で、トレースし、油絵と同じように下地を塗り、絵具を重ねるようにペンタブレットで描くのです。最終、写真データのみ消去され、佐藤がペンタブレットで描いたものだけが残ります。そうして生み出された作品には、写真でもなく絵画でもない、独特の空気をまとっています。
一方、佐藤の映像作品は、そうして作り出された複数の平面(静止画像)を重ねることで作られています。「取手エレジー」では、映像作品5点を展示いたします。「ココちゃん」は、近所に住んでいる2才の女の子をモデルに描いた平面作品の展覧会になります。

デジタルをアナログに駆使した佐藤の新作をぜひご高覧ください。



「エレジーとして蘇るもの――夢、狂気、気配」

佐藤雅晴は、アナログな手法で制作されたデジタルアニメーション、デジタル絵画などを通じて、都市あるいは都市の周辺部としての郊外や田舎における少し捩れた不思議な日常風景を描き出すことで、現代社会の背後にある問題を提起する。故にそれらの作品には、主題は佐藤の居住地に限定されながらも、地球上のどんな都市部とその周辺部にも当てはまり、何処で起きても不思議ではない現代性が現れる。

例えば初期のアニメーション代表作《Traum》(2004-2007)や、2008年頃から制作しているデジタル絵画では、自らの夢などに取材した不思議でオカルト的都市体験が描かれており、現実世界と夢世界の間を互いにスライドさせることで、ふたつの世界に潜む「気配」が表面化されているように見える。<br />《Calling》(2009-2010)では、都市の様々な場所で誰も居ないが故に鳴り続ける携帯や固定電話が電話を掛ける側と受ける側とのネットワークを暗示し、非常に現代的な都市の気配――ネットワークシステムとしての都市や遠隔コミュニケーションの発達によるユビキタスな存在態――を出現させる。また《Avatar11》(2009)では、11人の等身大のポートレートが様々なシーンを背景に観者側に振り返り続けることで、ネット上の背景もしくは情報によってのみキャラクターが規定されるようなヴァーチャルなアイデンティティの問題が提起される。

本展「取手エレジー」出展作《バインド・ドライブ》(2010-2011)では、「絆」という夫婦演歌を背景に雨の降り続く郊外――佐藤の居住地である茨城県取手市周辺の様々な無人の風景がある種クールで淡々とした視点で切り取られていく。最後には田んぼの真ん中に駐車された車内で天使(女)と悪魔(男)がカーステレオから流れる「絆」を口パクで歌い上げ、「捨てないでね」「捨てるもんか」と絆を確かめ合う。現在の日本では放射能と切り離して考えることができなくなった雨の下、この不可能な絆、不条理な関係がどこへ進むのかと我々は考えさせられる。 また新作映像では、取手の風景を元に、どこにでもありそうな郊外の風景にある種の物語を纏わせること、すなわち風景を情景に転化することを試みている。そこには、《バインド・ドライブ》の不条理な現実にも通じ、佐藤が3.11の震災以降に感じた心象風景が重ねられているのであろう。《エレジーシリーズ:桜》では、郊外の住宅地で桜吹雪が散る中、ブルーのジャージを着た女の人が交通ミラーに向かって手を振る。何かが不可解で不安になるのは、もしかしたら我々の心理がそうさせているのかもしれない。このように、佐藤の作品は情景として機能しながらも、観る私たちの想像力へと続きを委ね開かれている。それは必ずループになった映像が、絵画と同じようにどの瞬間から見ても成立し、観客が自由に鑑賞・構想できることを目指すことにも寄るのだろう。

佐藤の作品に共通して見られるある種の不可解さや違和感、あるいは摩擦のような要素は「完全な日常というイメージ」にかすかに入ったひび割れのように機能することで、観者である私たちが現実だと信じている「生の現実」にも照射されていく。この不可解さや不安感はおそらく、現代文明や管理された近代システム下で抑圧され居場所を失った「夢」、「狂気」、「気配」が表現として亡霊のように戻って来たことに依るのだろう。このように佐藤は、今後も世界中で続いて行く都市化という現象を内部から経験しつつ、ある種のエレジーとして表現することで、我々に「夢」、「狂気」、「気配」といった失われたものについて再考する機会を与えてくれるのだ。

椿 玲子 森美術館アシスタント・キュレーター
京都大学大学院、人間・環境学研究科、創造行為論修士、パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ)哲学科、現代美術批評修士、カルティエ現代美術財団インターンなどを経て2002年より現職。 森美術館では「MAMプロジェクト007:サスキア・オルドウォーバース」、「MAMプロジェクト011:ジュール・ド・バランクール」などを企画。

会場:東京国際フォーラム/ブースNo. F08

会期:2013年3月22日(金)〜3月24日(日)

出品作家:山本太郎・佐藤雅晴・山﨑史生・土屋貴哉・渡邊佳織・吉田翔・宮本佳美・極並佑・三好彩・桃田有加里

この度イムラアートギャラリーでは「佐藤雅晴 バイバイカモン」を開催いたします。

佐藤雅晴(1973年 大分県生まれ)は、1996年東京芸術大学美術学部油画学科を卒業後、1999年同大学大学院修士課程を修了。2000年にドイツに渡り、デュッセルドルフを拠点に活動していましたが、今春から、活動拠点を日本に移します。

ドイツ滞在中に独学でアニメーションを学び、制作を続けていましたが、昨年の岡本太郎現代芸術賞にて「アバター11」と題されたアニメーション作品で特別賞を受賞しました。
又、昨年はソウル市立美術館で開催されたCity net Asia2009や、今年1月にはフランス大使館旧事務所棟にて開催されたノーマンズランド展に参加し、去る六本木アートナイトにもビデオプログラムにアニメーション作品で参加しました。平面作品では自身で撮影した写真をコンピューターに取り込み、その画像をトレースし、ペンタブレットを使用してパソコンの画面上で描いていきます。

初期段階に存在していた写真データは消去され、完成した画像を最終的にプリント出力するという手法で制作しています。
写真でも絵画でもなく、又、写真でも絵画でもある、新たなイメージを表現しようと試みています。
アニメーション作品では、平面作品と同様の手法を用いて、映像表現における新たなイメージの表出を目的に制作をしています。
今回の展覧会では新作を含むアニメーション映像作品を3点、平面作品を5点、展示予定しています。
デジタル技術を駆使しつつも手描きにこだわる作家の独特な手法から生み出される表現をご覧ください。


Interview with 佐藤雅晴

一日の平均入場者数4000人という、現代美術の展覧会では異例の集客数を記録したNo Man's Land展。
旧在日フランス大使館を舞台に国内外から多数のアーティスト達が参加。
その中でも異彩を放っていた作家・佐藤雅晴が、日本では2度目となる個展をイムラアートギャラリーで開催する。5月の個展に先立ち、デジタル技術を駆使しつつも手描きにこだわる作家の独特な手法から生み出される表現について話を聞く。

まず、今回の個展のタイトルでもあり、出品作の「バイバイカモン」についてお聞かせください。
佐藤:このタイトルは、ドイツ留学中に見たアダルトビデオから発想を得ています。
ビデオの中で、外国の女優さんが絶頂を迎える時に発した台詞は「come on !」でした。
これは、僕が、その当時まで、日本で認知していた、「いくーっ !」とは真逆の意味でこの「come on !」には「行く」と「来る」二つの意味があることを後で知りました。
エクスタシーに行くのではなく、エクスタシーが来るというニュアンスなのですね。

海外生活に於いて外国語の持つ概念のずれや違いはよく指摘されるところですが、この180度反対の言葉で同じ事を指し示すという複雑怪奇な出来事は作品の表現として転化できるのでは?と思い制作にとりかかりました。
自分のおかれた立場や状況によって生まれるこの矛盾。出品作の「バイバイカモン」では、まさにこの混沌加減が作品化されていると思います。
 
佐藤さんの制作方法について教えて下さい。
佐藤:普段からスケッチや言葉を書き留めているアイディアノートがあって、このノートに描かれたアイデアは、瞬間的にアニメーションでいける!と決定できる時もあれば、一年以上かかってもどちらにしようか迷っている時もあったりと、この選別作業が一番面白いんです。
そしてアイデアを具体化するために、モデルやモチーフを用意し、撮影する場所を探して、まずは実写で撮影を行います。その撮影した動画や写真をコンピューターに取り込んで、Photoshopというソフトを使い、トレースして、あとはひたすらペンタブレットを使って描いていきます。

わかりやすく説明すると、キャンバス(モニター画面)に向かって、絵の具(Photoshop)を筆(ペンタブレット)ではしらせている感じです。そして、原画が完成した時点で、レイヤー分けされた実写のデータは消去され、イメージだけが画面上に定着します。
アニメーションは、このイメージの積み重ねで動きが生み出されているので、作業をしている本人からすると静止画のオンパレードなんです。時間をかけて一枚一枚静止画を描き繋げていってアニメーションの形にしたあとでやっぱり一枚の静止画のほうがイメージをストレートに伝えられることに気づいてしまい泣く泣く他の静止画がお蔵入りしてしまうこともあります。
 
なるほど、ではやはり実写をベースに制作されているから写実的なビジュアルに作品がむすびついているのですね。
佐藤:そうですね。最終的には実写のデータは消去されますが、一度撮影した事物を自分の中で解体しつつも再び元の事物に復元していく感じというか...例えば、僕の実家には仏壇のまわりにたくさんの先祖の遺影が飾ってあって、それを見て育ちました。
遺影というのは印画紙に焼き付ける前にかなり修正されているのです。
皺を取ったり背景を入れ替えたり衣装を合成したりいろいろと加工されることで、その肖像のイメージアップがなされる、つまり単純に記録として定着させるのではなく恒久性を帯びさせていくという点で僕の行っている作業にとても近いと思います。
 
佐藤さんの作品は、暗い、怖いイメージが多いように感じられます、これは意識的にそういったテーマを選んで制作しているのでしょうか?
佐藤:個人的にホラー映画が大好きでよく観ているからかもしれません。
ただ、ホラー映画といっても、普段は目に見えない存在が突然現れて恐怖したり、身体的な痛みの感覚を植え付けながらも虚構で終始するものではなく、メタフィクション(超虚構)を描いている作品、例えば、デヴィット・リンチ監督の「ツイン・ピークス」などは強烈にメタフィクションを感じます。
それに彼の作品を見ていて感じる不安感はとても言葉では言い表せないものですが、リアリティのある夢を見させられている感覚があって、何度観ても新たにインスピレーションを受けます。
 
最後に、これからの展開についてお聞かせ下さい。
佐藤:今回の出展作品のアニメーションはすべてループ映像として制作しています。
去年制作した「Avatar11」でもループの手法を用いて映像にしています。
ループを用いるのにはいろいろと理由があるのですが、例えば、出展作品の「escalator girl」のように下降用のエスカレーターを登って進む人物の行動を一部ぬきとって、それを反復させる事により進むという行為の意味が変化していったり、見る人の受け取り方で無限の広がりを与える事が可能です。
また、ループを使う理由とはちょっとズレますが、展示された映像作品を観賞する際にたまたま途中から見出した場合、途中→終わり→始まりの流れで映像を観ることになってしまい、長時間の映像や起承転結のあるものは余計にこの構造が悪印象につながる事があります。

ただ、一概に起承転結のある映像作品すべてがそういった印象を与えるわけではないと思うのですが、映像表現の持つジレンマみたいなものを無自覚に垂れ流している作品に出会うと、少し傲慢な感じを受けてしまいます。しかし、同じ平面上で展開している絵画にはそのような事は感じずに観れると思うのです。
絵画はその飾られた展示場に佇んでいるというか、いつでも待っていてくれています。
当たり前と言われればそれまでなのですが、絵画のもつ自立性みたいなものを映像表現を使って、今後も「始まりも終わりもない感覚」を表現できないかと考えています。

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