イムラアートギャラリー [京都/東京]

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この度、イムラアートギャラリー京都では、堀尾貞治展「あたりまえのこと3kg 絵画」を開催いたします。
本展は「重量絵画」による展覧会となっております。「重量絵画」というのは、3kg の重さ、
というように重量条件を設定し、3kg 分の金属を自由につなぎ合わせて造形する作品であります。
1960 年代より「具体」のメンバーとして活動を始めた堀尾貞治は、パフォーマンスアートの先駆者であり、
現在も精力的に展覧会を行い、活躍しています。
中学生の時に、一生絵を描き続けよう、と早くも決心したという堀尾。彼の創作の中心は一貫して、
「あたりまえ」のものである「空気」の存在をいかに表現するか、という試みにあります。
日頃意識することのない「空気」。目に見えないけれども生きるためには必ず必要な大切なもの。
この存在の希薄な「あたりまえ」のものを可視化する為、身近なものにその日の色を塗り、カタチを作り、
毎日毎日何十年と絶え間なく続ける行為もそのひとつであります。
ひたすら日々作品を作り続ける積み重ねは、「堀尾貞治」という存在そのものがアートであるとも言える
現状を生み出した大きな要因の一つと言えるでしょう。
『時間のないやつは、本質があってイキイキしている。それは真理やと思う。』
インタビュー記事に記されていたこの言葉に、日々制作と展覧会を続ける堀尾の意思が込められているように
思います。
堀尾貞治の新たなる「あたりまえのこと」との対話を是非、ご高覧下さい。

この度、イムラアートギャラリーでは2年ぶりとなる、木彫作家 山﨑史生の個展を開催いたします。

一本の木から掘り出す技法「一木造り」を用いて水彩絵具で彩色を施しています。

作品一体が完成するまでには、非常に時間がかかり、年に数点と寡作ではあるが、長い時間をかけ、作品と自身と向き合い完成された作品は、木彫ならではの温かさと、どこか寂しげで純朴な佇まい、そして圧倒的な存在感を放っています。

本展では、今年完成させた新作の木彫作品3点と、イメージを描きとめたドローイングを初めて発表いたします。ドローイングは山﨑にとっては、制作する際の最初の工程であり、あくまで木彫作品を制作する上で頭に浮かんだイメージを平面に描きとめた下絵ではあるが、木彫作品の方向性を左右するものであり、山﨑の制作においては、非常に意味のあるものです。

山﨑史生の世界観をどうぞご高覧くださいませ。

尚、10/3(土)はニュイ・ブランシュKYOTO 2015に伴い21:00まで開廊しております。

琳派400年記念を迎える2015年、イムラアートギャラリーでは「平成琳派」として山本太郎と芸艸堂とのコラボレーション展を開催いたします。

山本は1999年より古典絵画に現代風俗が融合したような独自のニッポン画を標榜してきました。100年に1人現れる平成の琳派継承者として国内外共に高い評価を得ている山本は、シドニーのニューサウスウェールズ州立美術館でのグループ展、アメリカのミネアポリス美術館でのグループ展、そして日本全国での展覧会にて、平成琳派の作家としての確固たる地位を築きました。能、舞も嗜み、古典芸術に造詣の深さを見せると共にそれらを取り込み独自性へ変換する山本。現在は秋田公立美術大学の准教授として教鞭をとりながら作品を数多く発表し、着物などコラボレーション制作も行い、様々な分野において活動の場を広げています。

「ニッポン画」とは、
一、今現在の日本の状況を端的に表現する絵画ナリ
一、ニッポン独自の「笑い」で諧謔を持った絵画ナリ
一、ニッポンに昔から伝わる絵画技法によって描く絵画ナリ
これは作家が自ら「ニッポン画」と呼ぶ絵画の定義です。伝統的日本絵画の技法を駆使して描かれる山本太郎のニッポン画には古典と現代のモチーフが混在しています。古典絵画を踏襲し、意表をつくユニークなモチーフを組み合わせる作品からは、ユーモア溢れる山本の感性がありありと感じられます。

芸艸堂は明治24年創業日本唯一の手摺木版和装本出版社です。近代琳派の継承者、神坂雪佳の版画作品なども出版してきました。今回特別に本展覧会のため、芸艸堂制作による神坂雪佳の版画「住の江図」に山本が加筆し、その部分の版木を新たに作り一枚の版画を完成するという方法で、神坂雪佳 山本太郎 木版画「信号住の江図」を制作致しました。琳派の親しみやすさと気品を、ニッポン独自の諧謔を持って表現することを意識し制作する山本。琳派の創始者、本阿弥光悦や俵屋宗達から続く流れを汲む平成の絵師山本太郎と神坂雪佳の、平成における邂逅をご堪能下さい。

又、2月25日から3月3日まで髙島屋大阪店にて、3月11日から17日まで髙島屋京都店にて、同時開催しております展覧会「古画降臨 -Coga Calling-」も併せて是非ご高覧下さい。
*3月14日15時より髙島屋京都店にて、細見良行さん(細見美術館館長)をお迎えしてトークイベントもございます。

イムラアートギャラリー東京では、土屋貴哉+アタカケンタロウ展「昨日はどこへいった。」を開催いたします。

土屋貴哉(美術家)とアタカケンタロウ(建築家)コラボレーションによる本展「昨日はどこへいった。」は、2013年春、当ギャラ リーの新スペースへの移転にあわせて、スペースの受渡し後の改装からオープンまでの過程と時間を扱い、好評を博した同名のメディアイ ンスタレーションの続編。今回は当スペースオープン後の様子も追加収録し、スペースの立ち上げからクローズまでの時間を包み込んだ完 全版。1周/分の速度で回転するプロジェクターの光が、照射先の過去の層を薄皮をめくる様に原寸大で映し出す。

およそ1年半に渡り、ギャラリーの中心にカメラを据えて定期的に15°ずつ回転させながら撮影し、数千枚におよぶ撮影画像をつなぎ合 わせた長尺画像を、「一分間に一回転するプロジェクター」で撮影した同じ場所に回転投影しつづける。回転するたびに徐々に壁が解体さ れたり新たな壁が作られたり、壁の色が変わっていったり、展覧会の様子が映し出されていく。映像はやがて(人の記憶がそうであるよう に)時系列を行ったり来たりし始め、やがて改修前のギャラリーの状態(ふりだし)へと戻っていく。

■協力:端裕人氏(写真家)、秋廣誠氏

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「昨日はどこへいった。」

よく、時間だけは全ての人に平等な資源だといわれたり、時間感覚は年齢の逆数に比例するといわれる。
そんな平等な資源の中、重力に従い垂直方向に落下する私。衝突までのコンマ数秒間のできごとは、やっぱりさほど長くも感じられず結局コンマ数秒 間、一瞬の時間感覚だった。

2012年暮れ、われわれは幾度となく西荻窪の路地裏の暗黒大陸で、安酒に浸りながら打合せを繰り返した。いつもの店のいつもの席に座る。注文す る肴も酒も気付くと毎回だいたい一緒。店主は勿論、集まってくる客たちも何となくいつも代わり映えのないなか、毎回違うのは打ち合わせの議題と本 日のおすすめくらい。いつも19時過ぎから始まったわれわれの打合せはこんな風に繰り返された。
打合せはいつも順当に進みそして酒も進んだ。けれど本日のおすすめ以外ほとんど変化のない状況(シーン)に毎回囲まれてると、同一チャプターが繰 り返し再生される物語のなかに居るような違和を感じる。幾分酔っていたせいもあるだろう。それはシールのように、われわれの周囲から時間そのもの がめくれ上がっていくような、またはわれわれの所属とは異なる時間が周囲に貼り付いていくような、不思議な感覚へとつづいていった。

そんないつかの昨日を、骨盤を割った私は松葉杖を両手に持ち、病院周りのいつもの順路を時計回りにリハビリ歩行を繰り返しながら思い出す。

ひとの記憶はその時の周囲の状況と紐付けされセットでインプットされるというが、われわれにしてみたら、その周囲の状況にほとんど差異がない為、 打合せを重ねるにつれ、話し合ってきた内容の時系列がどんどん崩壊していき、トピックスのヒエラルキーもだんだん曖昧になっていった。今になって みると、毎回欠かさず本日のおすすめを注文してたら幾分この時系列が崩壊していく症状も和らいだんではないかと思う。

あれからどれくらいの時が経っただろうか、時系列が分らない。けれどおよそ一年半。
当スペースのこけら落として開催された前回展「昨日はどこへいった。」ののち、この場で開催された幾つもの展覧会。それらの記録も追加収録した今 回は、この場の立ち上げからクローズまでの時間を包み込んだ完全版。
時をいかに記述するか、視界をいかに切り抜きすくい上げるか、そしてそれらをどのように定着できるか。
記憶は嘘をつく、昨日はどこへいった?

土屋貴哉(土屋貴哉+アタカケンタロウ)

この度、イムラアートギャラリー京都では日野田崇個展「渦の中で渦巻く渦の中に見 える渦の中の塵」を開催いたします。

現在、日野田は京都嵯峨芸術大学芸術学部の准教授として教鞭をとりながら、国内外で活動の場を広げています。
彼は自身のやきものを「雑食の2.5次元陶芸」と表現します。有機的かつ複雑な曲線を描く陶の立体の表面は黒く縁取りされたマンガやコミックを彷彿させる図柄で覆われています。紐状の粘土を積み重ねながら成形した陶による造形物の表面にマスキングテープを自在に用い、色土を吹き付けながら線による描写と彩色を施していきます。立体の表面に絵画的な二次元が表れ、2.5次元の世界が広がります。
描かれる図像のイメージ源は漫画、コミック、グラフィティ、建築、イラストレーション、映画、音楽、街中で目にする看板、浮世絵や大津絵など多岐にわたり、雑食的だと言います。又、やきものらしくない人口的な紫や黄、赤といった色彩を使う事により、陶器の重厚感や硬質な素材性が軽減され、独特の陶の質感を感じさせます。

日野田の展示で特徴的なのは、カッティングシート(プラスティックシート)を使用し、展示空間を作り上げていくことです。カッター1本、フリーハンドでロール状のシートをカッティングしながら床や壁に貼り込んでいく作業は、時間的、計画的プロセスを経て焼き上がってきた陶の立体と非常に対照的で即興的な作業です。今回の展示では、カッティングシートでの空間インスタレーションを更に発展させ、モビール状にしたものを展示空間で使用する予定です。

時間を要する制作行程にも関わらず、ハイスピードで沸き上るイメージを淡々と制作し続ける日野田の強靭な精神力と創造力は自身を満足させることなく、制作にかき立てているように見えます。陶芸というジャンルを自由に横断し、独自の世界観を展開していく日野田の最新作を是非ご高覧ください。

11月22日(土)は17時より、小林公氏(兵庫県立美術館学芸員)をお迎えしてトークを行います。

イムラアートギャラリー東京では、木村秀樹個展「Charcoal」を開催いたします。
1974年に制作した「鉛筆」シリーズが高い評価を受け、東京国際版画ビエンナーレで京都国立近代美術館賞を受賞し、鮮烈なデビュー を飾った木村秀樹は、国内外で活躍する日本を代表する版画家の一人です。その一方で、ガラスやカンヴァスを支持体とした絵画作品も制作しています。本展では、2012年から取り組んでいる版画作品「Charcoal」シリーズから新作を発表します。

「Charcoal」シリーズは、以下のプロセスを経て作られます。
原寸大の炭の写真を和紙にインクジェットプリントします。さらにシルクスクリーンで和紙の両面に印刷します。印刷された和紙を焼き鏝で部分的に焦し、これに切り込みを入れて折り返し、3次元(作者の言葉で言えば、2.5次元)の造形物にする。

こうして作られた「Charcoal」シリーズは、実物とイメージの境界、表と裏の境界、二次元と三次元の境界を超越するものとなります。これは、木村秀樹が一貫して続けている"平面にまつわる造形の実験"の新しい試みです。イムラアートギャラリーでは2011年以来の個展となります。ぜひご高覧ください。

この度、イムラアートギャラリー京都では、染谷聡個展「咀嚼する加飾Ⅱ」を開催いたします。

「加飾」とは漆芸において蒔絵等の技法をあらす技術用語ですが、染谷は自身にとって「加飾」は素材と技術の余白を埋める為の行為である、と言います。

染谷はこれまで、動物や人体などの有機的な曲線が強調されたフォルムを持つ胎(たい)とよばれる素地の上に、蒔絵や螺鈿、沈金でポップな図柄を描いた作品を制作してきました。こうした加飾表現は、作家自身の記憶や日常、イメージを表出するための行為でもありました。

現在は、漆を全体に塗る行為自体も加飾と捉え、従来の塗り技法とは異なる方法をとり、そこに自然と浮かび上がる模様をも装飾として描き起こしています。加飾という言葉を単なる技法や技術をしめす言葉ではなく、文様を描くということからものを飾るということも含めた、飾りを加えるという幅広い「行為」として捉え、探求し続けています。

7月にイムラアートギャラリー東京で展示した作品に約8点の新作を加え展示いたします。イムラアートギャラリー京都では4度目となる個展です。是非ご高覧ください。

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等身大の文様を模索し描くこと。
加飾のための胎(かたち)をつくり出すこと。
ありもの(素材)を胎とし、その飾りをあらわすこと。
僕にとって加飾は、素材と技術の余白を埋めるための行為なのです。

染谷聡
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イムラアートギャラリー東京では、桃田有加里個展「TIME SLICE」を開催いたします。

桃田の作品は、キャンバスに置かれたビビッドな色彩が印象的です。自然界には存在しない色彩を重ねることで、現在の時間軸から切り取られた空間をつくりだします。そこでは時間が止まり、同時に"記憶"もとどまります。

どこかはわからないけれど、いつか見たことがあるような、そんな風景を思い出させるのは、桃田が自身の"記憶"を整理するように、そして記録するために描いているからかもしれません。

イムラアートギャラリー東京では初めてとなる個展をぜひご高覧ください。


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 今日にいたるまで、さまざまな人の手によって表現された絵画の中に、私は作家の生涯や心の密度、その絵を描くのに費やした時間が凝縮して投影されているように感じます。近年、人間という一つのゆっくりと進化し成長する生命が、スピードや効率を優先する社会にいる中で、私は絵画の中にある静止した時間に魅了されています。また、生命を有しない人工的な物質にも共通した時間の静止を感じ、その中に、人間の"記憶"という時とともに混濁するものを保存する力があるように思われ、私は非常に興味をそそられています。
 自身の表現は記憶を整理することでもありますが、作品の中に"時間の静止"を織り込みたいと思ったとき、自然界には存在しないビビットな色彩や、一つの画面に異なる技法を用いることでコラージュ的な空間の構築を目指すようになりました。主観ですが人工物は時間が止まっているような印象を受けるため、私はそういったところに現実とのつながりを絶つ瞬間を感じ、キャンバスに無時間的な空間を記録するために制作を続けています。

桃田有加里
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イムラアートギャラリー東京では、「Group show 橋爪彩・佐藤雅晴・土屋貴哉」を開催いたします。近年、美術館を中心に発表を続ける所属作家3名の本展では、各作家の過去の主要作品を展示いたします。本展を通して、作家それぞれの展開の一貫性と多様性を楽しんでいただければと思います。


橋爪彩は、1980年東京生まれ。東京芸術大学修士課程修了後、さらなる探求のために、ベルリン・パリへと拠点を移し、ヨーロッパで生活しながら制作をするという、自身の状況と日々の記録から生まれた「Red Shoes Diary」シリーズを展開。2010年には日本に戻り、西洋中心主義的美術のあり方を問う「After Image」や「innocence, ignorance and insanity」シリーズを制作しています。
2013年の「DOMANI展」(国立新美術館)で、渡欧前の作品から最新作までを一堂に展示し、その画業が高く評価されました。今年は、「ノスタルジー&ファンタジー展」( 国立国際美術館)、「高松コンテンポラリーアート・アニュアル展」(高松市美術館)に出品、またコスメブランド ポーラ『RED B.A.』のメインビジュアルを手がけるなど、活躍目覚ましい若手作家のひとりです。
本展では、島田雅彦著『美しい魂』の装丁を手掛けた2003年当時に制作した作品を含め、「Red Shoes Diary」以前の作品を中心に展示いたします。


佐藤雅晴は、1973年大分生まれ。東京芸術大学修士課程修了後、2000年にドイツに渡り、帰国するまでの10年間に独自の表現を生み出しました。パソコンに取り込んだ実写データの輪郭をトレースし、油絵を描くようにパソコンで色彩を重ねて制作される佐藤のデジタルペインティングは、写真のようで写真ではなく、絵画ではあるがそこに絵具のマチエールはないという、独特の空気感をまとっています。アニメーションは、デジタルペインティングのデータをつなぎ合わせて制作されます。
2013年には「ナイン・ホール 佐藤雅晴展」川崎市市民ミュージアム(神奈川) 、「楽園創造 -芸術と日常の新地平- 」ギャラリーαM(東京)の二か所で個展を開催。今年は、「日常/オフレコ」KAAT神奈川芸術劇場(神奈川) 、「Duality of Existence - Post Fukushima」フリードマン・ベンダ(ニューヨーク) に出品するなど、国際的にも活躍しています。
本展では、ドイツから帰国した2010年以降のデジタルペインティングとアニメーションを展示いたします。


土屋貴哉は、1974年東京都生まれ。東京芸術大学大学院修士課程修了。1990年代より、日常の環境システムにきわめてシンプルな方法で介入し、知覚に揺さぶりをかける作品を発表。それらは、映像・写真・平面・立体・インスタレーションなど、多メディアに渡っています。近年は新たな試みとして、ネットアートシリーズも手掛けています。
2013年にはイムラアートギャラリー東京の改築を題材とし、建築家のアタカケンタロウとともに、場の変容と時の顕在化を試みたインスタレーションプロジェクト「昨日はどこへいった。」を発表。
今年、「Uphill」横浜市民ギャラリーあざみ野エントランスロビー(神奈川) 、「1974年ニ生マレテ」群馬県立近代美術館(群馬) に出品、また8月にはサンパウロで開催されるメディアアートの国際展「FILE 2014」にも参加するなど、国内外で活躍しています。
本展では、立体、写真、ネットなど様々なメディアで展開される過去作品を展示いたします。

■会場:兵庫陶芸美術館(兵庫県)
■会期:2014年7月5日(土)~8月24日(日)
■出品作家:田嶋悦子

■会場:滋賀県陶芸の森 陶芸館(滋賀県)
■会期:2014年6月29日(日)〜9月28日(日)
■出品作家:田嶋悦子

イムラアートギャラリー東京では、三好彩個展「本当」を開催いたします。
三好彩の作品は、様々な色彩の油絵具が時に厚く、ダイナミックに重ねられ、力強い存在感で迫ってきます。描かれるモチーフは、体内の臓器を想起させるような曲線や、シンメトリーの図柄、具象とも抽象ともとれる不思議な形体で、それらが、強烈な色彩で画面いっぱいに広がります。

三好は、自身の制作について、次のように語っています。
「『肉体を通して感知する外界の現象、という本当』よりも『精製されたイメージとしてもう一度脳の中に映し出される現象、という本当』の方が、私にとっては、より重要で、より愛おしく、記録すべきものであると感じている。
毎日生きていく中で、ふとした瞬間、流動する思考や五感が引き金となって、突然強烈にイメージさせられる、人のような獣のような生きるものの気配、その動きや視線、風景、無機物、光、音など、様々なイメージの寄せ集めの記録である。」

2013年7月以降制作した新作を展示いたします。大胆な筆遣いで描かれる、自由奔放で、エネルギー溢れる「本当」の世界を是非ご高覧ください。


この度、イムラアートギャラリー京都では
ベ サンスン展「Over&Over」を開催いたします。

べ サンスンの作品の重要なコンセプトは人と人との間に作用するエネルギーの交換、
流れの向きや強さが常に移り変わっていく不可視の、
不定形なアウラを見つけ出したことにあります。

彼女の大らかな一本の線は、西洋的な切り裂く線とは違い、
東洋的で両方から内と外の世界が交じり合う線の意味を表現しています。
感覚的な色の組み合わせや作法の新規さに甘えることのない彼女が
生み出すシンプルで洗練されたラインと形は根源的な描画を思い出させます。

今回の新作では、漆黒のベルベット地に繊細に描かれた輪が、浮遊し重なり合い、
永遠にどこまでも交じり合っていく(Over &Over)様子を彷彿とさせます。

人間関係が希薄に移ろいやすくなっている現代、そして「人とのつながり」に
生きる力と意味を感じさせてくれる魅力溢れる彼女の作品群。是非ご高覧ください。

≪京都芸術センター制作支援事業≫

この度、イムラアートギャラリー東京では、染谷聡個展「咀嚼する加飾Ⅱ」を開催いたします。

染谷はこれまで、動物や人体などの有機的な曲線が強調されたフォルムを持つ胎(たい)とよばれる 素地の上に、蒔絵や螺鈿、沈金でポップな図柄を描いた作品を制作してきました。こうした加飾表現 は、作家自身の記憶や日常、イメージを表出するための行為でもありました。

本展では、昨年の個展「咀嚼する加飾」に引き続き、工芸の「用」を意識した新しい加飾表現の展開 が見られます。染谷が日常的に収集している気になったものに、漆が寄り添うように施された新作で は、漆そのものが加飾の一部となり、染谷なりの加飾論として展開されています。

工芸の「用」とは、器物や蓋物などのように明確な機能がある「物への用」のみならず、そのものと 人の間に存在する「心への用」でもあります。「そのものに用途は無くとも惹かれる心があれば用を 持ち得るのである。」という染谷の言葉のとおり、道ばたに落ちている石や木の枝にも「用」は存在 しているのです。

東京では初めての個展となる染谷聡の遊び心あふれる作品を是非ご高覧ください。

イムラアートギャラリー東京では、2014年5月24日(土)から6月15日(日)まで、三瀬夏之介個展「Vernacular Painting」を開催いたします。本展は、三瀬にとってイムラアートギャラリーで4回目の個展となります。展覧会初日には、モデレーターに小崎哲哉氏を迎え、赤坂憲雄氏(民俗学者)と三瀬夏之介のトークイベントも開催いたします。

 三瀬夏之介は、和紙や墨などの従来の日本画材を用いながら、アクリル絵具やコラージュなど様々な素材や技法を柔軟に取り込み、自身に身近なモチーフと歴史を感じさせるモチーフを混在させ、「日本画」における「日本」のあり様を問うてきました。1995年に地元奈良で阪神大震災にあい、精神的に絵を描くことができなくなった時期を経て、2009年に山形に拠点を移し後進の指導にあたっていたとき、東日本大震災が起こりました。三瀬はこれらの経験から、この不安定な世の中を生きるために、自分の身体感覚や主観性を手放すことなく、しかしそれらを判断基準とする私的な感覚による絵画を超えるものを強く希求するようになりました。そして近年、そのような現代美術は民俗学的アプローチによって可能になるのではないかと考え、以下のように発言しています。
「自己言及的な絵画ではないものを、個人から出発しつつも、その抽象度を上げたところで、「私」の絵というより、「私たち」の絵をつくりたい。僕が作ったものがみんなに共有されて、様々な語りを生む依り代になるようなイメージ。」
「土地の奥底に降りていって、資料を読んだり、聞き書きした歴史を調べていくことで、民俗学的なアプローチによる現代美術の可能性が開けてくるのではないか。それは、町おこしとか、地域型のアートプロジェクトのようなものではなくて、「美術」の成立以前の状態に立ち返るようなもの。」

今回、三瀬は民俗学的アプローチのよる現代美術の一つのあり方として、「Vernacular Painting」という言葉を考えました。
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「ヴァナキュラー(vernacular)」とは「ある土地に固有の」、「風土的」などと訳される言葉である。近代におけるヴァナキュラーの概念は主に建築分野からはじまった。
バーナード・ルドフスキー『驚異の工匠たち-知られざる建築の博物誌』によれば、その特性は三つ。
建築家なし、職人なしによる無名性、非作家性と関連する『非職業性』。
土地の気候に適した環境制御と、素材の現地調達による『風土性』。
魔術的で非均質な身体を包むコスモロジーとしての『空間性』。
である。ここ最近の私の制作、発表の場面において、この概念がずっと頭から離れないのだが、思えばこれらは近代以降に誕生したアーティスト像を否定するものばかりだ。
中心と辺境との関係が機能しなくなって久しい今、この言葉をキーワードに震災以降の絵画の可能性を考えてみたい。

三瀬夏之介
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2013年4月、国際芸術センター青森での個展を皮切りに、平塚市美術館(2013年7月)、リアス・アーク美術館 (2013年11月)、浜松市秋野不矩美術館(2014年2月)、 奈良万県立万葉文化館(2014年3月) と大規模な回顧展を開催してきた三瀬の、新たな展開をぜひご覧ください。

この度、イムラアートギャラリー東京では、佐藤雅晴個展「ヒロコの肖像」を開催いたします。新作の平面作品7点を展示する予定です。
佐藤雅晴は1973年に大分に生まれ、東京芸術大学、同大学院卒業後、2000年に渡独。10年間のドイツ滞在期間中に実写を写しとるという手法によるアニメーション制作を始めます。制作時間の大部分はパソコン上でのトレースに費やされます。佐藤は、当時滞在していたデュッセルドルフの街並や、学校やバイト等で知り合った知人をビデオカメラで撮影し、パソコン上で「何かを強調することも筆跡等を残すこともしないで、なるべく撮ったものに近づけるようにしています。」 と言うように、終始同じルールと手順でトレースしてゆきます。実写に近づけようとする作業や、そうして出来上がる現実の世界を模倣したかのようなイメージは、言葉や習慣の違い等、自分と社会を隔てる溝の深さを認識しつつ、社会との接点を探り続ける作業やイメージと近いのかもしれません。
2010年の帰国後も、対象物から一定の距離を保ちつつも緻密に実写の表面を写しとるという手法によって、知人の子ども、ウサギとクマの着ぐるみ、蒲鉾工場等、様々な動作、風景や光景をモチーフに作品を作り続けています。
本展で発表する平面作品は実写との距離が限りなく近く、一見するとまるで写真展のようです。しかし、それらの作品群が精巧にトレースされたものだと、そして対象物との間に一定の距離を持ち合わせていることに気づいた時、私たちがものを見る際にそれを所有しようとする視線は見事にはねかえされるのです。
混乱状態を積極的に作り出し、鑑賞者自らものごとの本質を再考させるよう促していく作り手の姿勢がうかがえます。今回選んだ「女装した青年の写真」というモチーフがその混乱をより複雑なものにすることは間違いないでしょう。佐藤雅晴の作品をこの機会にぜひご高覧ください。

協賛 | 株式会社データフォト
       株式会社カシマ

イムラアートギャラリー京都では、桃田有加里 個展「ぼく、雲」を開催いたします。折々の感動や心象風景を人工的ともいえるほど鮮やかに独創的な色彩感覚で表現する桃田の作品は、まるで雲を見ている時のように無限に見る者の想像力を掻き立てます。ビビッドな色彩や線、抑えられた明度差、平坦で滑らかなグラデーション、そして部分的に厚く垂らした絵の具の層。今回の新作ではそれぞれを異なる描写で描くことによって、コラージュ的でより人工的なイメージの表現へとつながっています。尽きることのない探究心を持ちつつ、透き通るような心の眼差しで描く桃田。この度イムラアートギャラリーでは初の個展となります。
人物画、心象風景画ともに描く度に新たな展開をみせる作品群をぜひご高覧ください。



「色彩は雲の故郷である、というヴァルター・ベンヤミン(20世紀ドイツの思想家)の言葉がある。遊ぶことの大好きな子供が雲を眺めながら直感だけをたよりに無限の空想を生み出してゆく姿をベンヤミンは人間が色を媒介にして空想の膂力を手に入れるプロセスに重ね合わせたのである。」という趣旨のことを今福龍太氏は『ここではない場所 イマージュの回廊へ』の中で述べています。そこから私は自身の作品の色彩=雲というイメージを抱くようになり、本展のテーマとしました。長い歴史の中で人の手によって作られた"芸術"。私はその"芸術"の中に作家の生涯や心の密度、その絵を描くのに費やした時間が凝縮して投影されているように感じます。私が芸術作品 と対 面するとき、時折画面からそういった作家の人間性を感じ取れる作品に出会うことがありますが、そんな時、ふと自分が惹きつけられているものが"絵画"という作品を通り越して、作家の手によって生み出された"人工物"(根本)にあると気づきました。

"人工物"、それは生きていないにも関わらずこんなにも人を惹きつけ感動させる魅力があることに今、私は非常に興味をそそられていま す。ゆえに、私の絵画の中にそういった"人工的な部分"を織り
込みたいと思ったとき、自然界には存在しないビビットな色を用いるようにな りました。
主観ですが、人工物は時間が止まっているような印象を受けるため、私はそういったところに現実とのつながりを絶つ瞬間を感じ、キャンバスに無時間的な空間を記録するために制作を続けています。」

桃田有加里

[作家在廊日] 3/20(木)、22(土)、25(火)、28(金)、29(土)、4/1(火)、3(木)、5(土) <予定>

イムラアートギャラリー東京では、宮本佳美 個展「Canon」を開催いたします。

宮本佳美は、かねてより植物や人物を、独特な光の射すモノクロームの世界で表現してきました。宮 本の描く瑞々しい花たちは、現実には枯れた花を水中で甦らせた姿でもあります。また、人物のポー トレートは、大量消費されているイメージの中から選びとられた女性たちの、どこか憂いを帯びた表 情を捉えています。

死んでいるものと、生きているもの。それは、宮本が制作にあたり、テーマの一つとして考えている ことです。死んでいるものを生きているように描くとき、そこには生きているものを描くときには見 えない一瞬の幻想が現れると言います。彼女なりの基準(Canon)によって生み出されたその幻想は 綿布の上に定着され、普段目にすることのない世界が広がります。

関西を中心に活躍してきた宮本佳美の東京では初めてとなる個展を是非ご高覧ください。

イムラアートギャラリー東京では龍門藍個展「菊とサカナ」を開催いたします。
 龍門藍(1984年岡山生まれ)は、形式化した日本の伝統文化に、現代の日常的な感覚を取り入れて、独自の世界観を描きます。それは、いま日本で生活している私たちの曖昧な感覚に、的確で斬新なイメージをあてはめてくれます。
 イムラアートギャラリー東京での初個展となる今回のテーマは「菊とサカナ」。文化人類学者のルース・ベネディクトによる日本研究の著書で、後の日本人論の源流となった『菊と刀』へのオマージュです。2010年からスタートした「観光地シリーズ」とともに展示し、外の視点から見た日本を、日本の内にいる彼女が、深い洞察力で軽妙に描き出します。
 4年ぶりとなる龍門藍の個展をぜひご高覧くださいますようお願い申し上げます。

イムラアートギャラリー東京では、田中武個展「夜咄(よばなし)はこれから」を開催いたします。

田中は、日本画という言葉に疑問を呈し、菱田春草の「兎に角日本人の頭で構想し、日本人の手で制作したものとして、凡て一様に日本画として見らるる時代が確かに来ることと信じている」という言葉を引用しながら、「作家自身がこれこそが日本画だと強く信じるものを、ただひたすらに打ち出していくこと」が肝要であると言います。

田中の代表作である「十六恥漢図」シリーズでは、欲望に憑かれた女性の手で印相を結び、周りには狩野派の粉本から引用した草花を配するなど、日本美術の伝統的な表現を受け継ぎながら、西洋絵画の描法を下地とした現代的な絵画へと昇華させています。

本展覧会では、「十六恥漢図」シリーズの新作を含め、夜の欲望をテーマにした作品を展示いたします。夜という欲望が匂いたつ時間に、人はどんな姿で己の欲望と向き合うのか。夜半の冬、それぞれの夜咄に耳を傾けつつ、田中の描く夜の世界に浸ってご高覧ください。

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