イムラアートギャラリー [京都/東京]

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この度、イムラアートギャラリー京都では、12月10日(土)より、渡邊佳織個展「朝のグッドニュース」を開催いたします。

渡邊佳織(1984年静岡生)は、京都嵯峨芸術大学の修士課程(芸術研究科)を修了、髙島屋3会場を巡回した「ZIPANGU展-31人の気鋭作家が切り拓く現代日本のアートシーン。」に出品、映画の劇画協力も行うなど、日本画の枠におさまらず、あらゆる分野で注目を浴びている期待の若手日本画家です。

彼女は制作において「儀式を執り行う場所で感じられるような"緊張感"を生み出す作品を作ること」を意識しており、それを表現するモチーフとして「子供」を選びます。大学での模写で培われた確かな日本画の技術によって描き出される、子供の透き通るような肌の美しさや、あどけなさと成熟さを感じさせる表情は子供特有の「神聖さ」をそのまま写し出します。


今回の個展では、ZIPANGU展にも出展した作品「輝々麒麟」を中心に展覧会全体を通じて「子供の旅」を描きます。決して明るいとは言い難い世界へ子供達がこれから旅を始めようとする様子は、どこか "不安感" を与えます。

3年振りの個展となる本展では、過去作から最新作品までを展覧いたします。展覧会タイトルは「朝のグッドニュース」。「good news」は「福音」という意味も含み、不安とともにはじまりや希望も感じさせる展覧会名となりました。ぜひご来廊、ご高覧賜りたくご案内申し上げます。

また、12月10日(土)17時より、作家を交えてレセプションを開催いたします。
こちらにも足をお運び頂けましたら幸いに存じます。

この度イムラアートギャラリー京都ではアレクサンダー・ゲルマンの個展を開催いたします。

アレクサンダー・ゲルマンは、ニューヨークと東京を拠点に活動する米国のアーティストです。世界各地で広く発表されている作品は、ニューヨーク近代美術館、フランス国立図書館を初めとした各国の主要美術館に収蔵されています。様々なメディアを駆使し、アート、科学、政治、ポップカルチャーの境界に挑みつづけています。

ゲルマンは近年はニューヨーク、東京を中心に作品を発表してきましたが、今回初めて京都で個展を開催いたします。

今回、イムラアートギャラリーにて発表される新作shadowシリーズは、見方によってあり方が変化するあらゆるもののアイデンティティーのあやふやさに迫っています。あるものの影は、その輪郭線のみを映し出しており、そのものの重要な特性を欠いたイメージです。しかし同時に、そのものからは独立した別の形を持った平面図形としても成立しています。一見、情報の欠如したイメージとも思える影は、あるものが全く異なったコンテクストの中において解釈され得るという可能性を示唆する形ともなり得るのです。影の持つこの二重性を通しゲルマンはその特性を強調するのではなく、反対にその一部を隠す、という方法でアイデアのエッセンスを抽出します。

彼の作品は「深淵かつ複雑な意味と解釈が閉じ込められている、究極のシンプル」と評されます。ゲルマンは作品の創造的プロセスの本質は、余計な要素を排除し、アイデアのエッセンスを見出す引き算の美学であるといいます。日本文化はこの引き算の美学を「間」という感覚として共有しています。

ゲルマンは日本の文化に対し深い共感と理解を示しています。彼が見ているのは、一見して分かりやすい、エキゾチックで表層的な日本の姿ではありません。彼は、日本の工芸、舞台芸術、美術、武術、香道など様々な文化に強い関心を持ち、それらを通し脈々と受け継がれる日本独特の哲学や美意識を見つめています。

展覧会期間中、名勝渉成園(東本願寺)にて開催されるアートフェア「超京都」(11月11日〜13日)にてゲルマンの作品が展示されます。こちらも合わせて是非ご高覧ください。


アレクサンダー・ゲルマン略歴

【展覧会】
2004 「 Limited Run: Gelman Vs. Roth」(アンドリューロースギャラリー、ニューヨーク)
         「 Gelman/Davis」(アンドリューロースギャラリー、ニューヨーク)
         「 16スケートボーズ」第四回国際インクペインティングビエンナーレ(深.、中国)
2005 「 エレメンタル・ナレティブス」3つの大規模なインスタレーション(CET、東京)
2006 「 アレクサンダー・ゲルマン・エキシビション:ニューヨークコネクション」 (GGG,東京)
         「 トレジャーマップ」インスタレーション (CET、東京)
2007 「 Little Black」インスタレーション (Nanzuka Underground、東京)
2008 「 Gelman/Davis」(Nanzuka Underground、東京)
2009 「 Gelman's Masterpieces」漆器と陶器のチェス(燕子花、東京)
2010 「 Corner」インスタレーション (Nanzuka Undergroud、東京)
         「 Yakusugi」屋久杉のチェス (京都アートフェア)

【著書/モノグラフ】
2000 『 Subtraction』RotoVision (イギリス)
2001 『 Alexander Gelman』China Youth Press(北京)
2004 『 Infiltrate』BIS (アムステルダム)
     『 Gelman/Davis』PPP(ニューヨーク)
2005 『 Elemental Narratives』CET(東京)
2006 『 Gelman Thinks』Browns (ロンドン)
         『 アレクサンダー・ゲルマン』GGG (東京)
2009 『 Little Black』Sequencer (ニューヨーク、東京)
         『 ポストグローバル』PHP研究所(東京)
2010 『 Gelman's Chess: The Artisan Experience』Globally Local Media(東京)
2011 『 35°38' N 139°42'30" E』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Chess Collectible』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Shadows』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Temptations』Sequence(r ニューヨーク、東京)
         『 Obscured by Clouds』Sequencer(ニューヨーク、東京)

【コレクション】
ニューヨーク近代美術館 (ニューヨーク)
スミソニアン博物館(アメリカ)
フランス国立図書館(パリ、フランス)
デンバー美術館 (コロラド、アメリカ)

この度イムラアートギャラリー京都では「染谷聡展 うらがえりたいのために」を開催いたします。

染谷は今春、京都市立芸術大学大学院 博士課程を満期で退学。2009年には東京国立近代美術館工芸館での「現代工芸への視点─装飾の力」、2010年は「里山のおいしい美術」(まつだい農舞台)、京都の圓通寺・二条城で開催された「観○光」、2011年は「ZIPANGU展−31人の気鋭作家が切り拓く現代日本のアートシーン。」、「漆展--新い漆のかたち--」(伊丹市立工芸センター)、「会津・漆の芸術祭2011 〜東北へのエール〜」に参加するなど、注目を集めています。

染谷の作品の特徴は、"もの"(いきもの等)をモチーフに、原型を粘土で作り、乾漆技法を用いて制作しています。また、作品の表面には、作家自身の興味や日常が、文字、文様、マンガなどが、漆の加飾技法の一つである、蒔絵によって描かれています。

伝統ある漆芸装飾の様式美、伝統技法を取り入れながら、現代的な感覚で描かれる漆の加飾は、観る者の目を楽しませます。制作行程で、時間的、環境的制約を余儀なくされる漆と向き合う中で、素材が持つ様々な可能性、性質を理解し、ここ数年で多様な作品を制作してきました。
塗椀、寿司桶、風呂椅子、神棚、米、人毛、枝、アクセサリーなど、様々なものが作品に取り込まれ、染谷の独特な美意識、遊び心が感じられます。
展示空間、展示方法、作品タイトル、語感、それら全てにおいて「かざる」という一貫したテーマの下、漆という素材を通じ、染谷らしいオリジナリティを生み出しています。

最近は「漆とあそぶ」という感覚を特に大事にしていると言います。
そのなかで、漆が持つ、しっとりとした、瑞々しい皮膚のような質感から、人体をより意識するようになり、皮膚に残る、しみや傷、皺といった痕跡をも加飾の一部と捉え、それらも一種の「かざり」と考えるようになったと言います。新作では、丸みを帯びた女性の体の曲線、重なりあう体の部位が表れ、そこに漆の艶が加わり、官能的な印象を受けます。

今回の展覧会タイトルは「うらがえりたいのために」。
「作品を作る行為が、自分自身をペロンと裏返し、自分の内部に探し物をしているような感じ、になれば楽しそう。でも、今はまだまだ何もわからない途中なので"のために"です。」 染谷聡

この度、イムラアートギャラリー東京では日野田崇 個展「新しい筋肉」を開催いたします。
本展は、2009年個展「変形アレゴリー」以来、当ギャラリーでは2年ぶりとなったイムラアートギャラリー京都
での個展(2011年6月4日~7月23日)の巡回展となります。

セラミック・アーティストの日野田崇(1968 神戸市生まれ)は、1991年に大阪芸術大学芸術学部工芸学科陶芸コースを卒業し、現在は京都嵯峨芸術大学芸術学部の准教授です。

日野田は、陶土に日本のマンガやアメリカンコミックのような線や図形、絵をのせて作品を作ります。作品は、造形、色、表面の図柄が混在しながらも共存しており、見る者は二次元(表面)と三次元(造形)の世界を往来します。
日野田の作品は、有機的なかたちと、マンガという親しみやすい題材によって見る者を容易に近づかせますが、実は物語のない断片的な情報や、不気味にも見える図柄の集まりということに気づくと、我々は戸惑い、不穏さを感じます。愛嬌と狡猾さが同居しているようなこれらの作品は、冷静に社会を見つめる作家の批判精神を代弁しているようにも見えます。
作品に描かれているように見える絵は、実はプラスチックシートを切り抜き、貼ってできた図柄であり、現在の日野田の制作には欠かせない方法です。この、日野田の精巧なつくりこみが、作品に存在感と説得力を与えます。

また日野田は、展示空間も徹底してつくりこみます。作品同様プラスチックシートを巧みに切り抜き、展示空間の壁、床、天井に計画的に時に自由に線や絵を描き(実際は貼る)ます。まるで作品から線や図柄が飛び出しているようにも見え、正に展示空間がひとつの世界となります。
このようにしてできあがる日野田の作品は「陶芸」という括りではおさまらず、あらゆる領域の往来を可能にしています。このような作品や展示方法は国内だけでなく海外でも評判を呼び、欧米やアジアでのグループ展にも数多く参加しています。

本展は、「新しい筋肉」と題し、日野田のヴィジョンによるこの先の人類のカタチを表現した作品約5点を展示
予定です。今までにはない、紫や緑色を使用した作品も注目です。もちろん、プラスチックシートを駆使した
インスタレーションを行います。
また、8月20日(土)18時より、小田島等氏(イラストレーター・デザイナー)をお迎えしての対談を行います。
本展をご高覧いただきますとともに、対談にも足をお運びいただけましたら幸いに存じます。


小田島等 Hitoshi ODAJIMA

1972 年東京生まれ。イラストレーター・デザイナー。桑沢デザイン研究所卒業。1995 年よりフリーランスとして、CD ジャケットや書籍デザインの分野を中心に活躍。その後、イラストレーションやグラフィックデザインだけでなく、漫画や展示活動にも表現の領域を広げる。著作に『無 FOR SALE』(04 年)、『2027』(07 年/古屋蔵人、黒川知希との共著)、監修本に『1980 年代のポップ・イラストレーション』(09 年)。また、細野しんいちとのユニット「BEST MUSIC」としてインストCD 作品『MUSIC FOR SUPERMARKET』(07 年) をリリース。2010 年には初の作品集となる『ANONYMOUS POP 小田島等作品集』を上梓するなど精力的な活動を続けている。
小田島等 公式サイト http://www.odajimahitoshi.com/


この星の上に生命が誕生して以来、その肉体のかたちは常に環境と一体になってメタモルフォーゼを遂げてきた。しかしヒトが環境を操作し激変させた結果、そのシステム自体が完全に破綻をきたしている。

骨も皮も筋肉ももうその目紛しい変化にはついていかないように感じられる。
しかし、ある音楽家が21世紀の音楽について尋ねられたとき、その答えの中で「人間はまだまだ原始的な段階なのであり、変化を受け入れることで新たな筋肉をつけるように、長い鍛錬の時期を経て変わっていくだろう」と述べていた。

それはかつてないミューテーション的な変化となるのか、古い倫理観を完全に塗り替えるものになるのか。
いずれにしても、魚がかつて陸上に上がって歩行動物になったくらいのドラスティックな変わりようであるのは間違いないように思える。

そのとき僕たちは一体何処にいるのだろう?
まだ地球の上にいるだろうか?

ヒトが類として存続することがこれほど困難に感ぜられる現在、その岐路のヴィジョンが頭の中を去来している。 
日野田崇



この度イムラアートギャラリー京都では極並佑展を開催いたします。

極並佑(1985年生京都府生まれ京都在住)は2009年京都造形芸術大学大学院芸術研究科修士課程を修了しました。大学院に在学中の2008年から「modern people」と題する一連のシリーズを制作しています。

登場する人物は顔のパーツの部分が描かれていません。
「顔のみえない人物、誰でもない、言い換えれば誰でもある、そんな曖昧な人物像に大きな魅力を感じている」と極並は言います。携帯電話、インターネット、ブログにツイッター。距離を超え、時差も飛び越え、世界中の人々が顔を合わせることなく、瞬時につながる現代社会。そんな時代に生きる現代人の曖昧で希薄な関係性が表されています。登場人物の顔の部分が描かれていないにも関わらず、その人物の存在がしっかりと主張されています。

これまでの彼の作品は、人物や背景が単純化され、黒く太い線で輪郭が縁取られ、色面が均一に塗られ、非常にグラフィカルでクールな印象を与えていました。しかし、昨年から作風に変化が見られました。グレートーンの微妙な色彩で描かれる山や海といった風景が背景に現れ、全体が不穏な雰囲気に包まれています。
又、背景に整然と並ぶ大きなドットやソファーが描かれるなど、平面画面において、奥行きと物語性が感じられるようになりました。それまでは極力ミニマルな表現に徹していましたが、現在はそういった削ぎ落としてきた欠片を拾い集める感覚で描いているといいます。

今回はイムラアートギャラリー京都にて初の個展となります。100号2点を含む新作約7点を展示いたします。平面絵画の可能性を追求する極並佑の新しい展開をご高覧くださいませ。


どこかずれた関係が現実的であり、曖昧な輪郭だけが自身の中にシンプルな形で存在する。
顔を見せない人物になんとなくの安心を感じているのは、ごく自然なコミュニケーションの隙間を埋める、形のないパズルピースがそこにあるからだ。

今回の展覧会「彷徨うシンデレラ」では制作の過程で放棄してきたものを、欠片として拾い集め、絵画としてのアプローチを強く意識した。客観性を重視し、限定された要素の中、グラフィカルな表現を通し、平面としての可能性を探っていたこれまでよりかは、純粋に作品に向かい合えたのではないかと感じている。
物語性やマチエール、ある程度の自由は、絵画としての性質をより混乱させてしまう可能性がある。雑然とした状況が当たり前に受け入れられる中、平面、絵画について今一度考えられればと思う。

極並 佑

この度イムラアートギャラリーでは三年ぶり、京都でも二年ぶりとなる山本太郎個展「古典 -the classics- チェリー」を開催いたします。

「ニッポン画」とは、
一、今現在の日本の状況を端的に表現する絵画ナリ
一、ニッポン独自の「笑い」で諧謔を持った絵画ナリ
一、ニッポンに昔から伝わる絵画技法によって描く絵画ナリ

山本太郎は古典絵画に現代的な要素を加えることで日本画ならぬ「ニッポン画」を描いてきました。
近年そういった作品の中に物語的要素を取り入れる試みを行っています。物語といっても自分自身の体験談や新しい物語ではなく、日本の古典の物語です。長く読み継がれてきた古典文学には人生の普遍的な要素が多く含まれます。また古典には、引用が引用を呼び様々な時代の文化や考え方が地層のように積み重なっているという特性もあります。古典絵画の中にもそのような古典文学や和歌などを下敷きにした作品は数多く見受けられます。

この「古典 -the classics-」の展覧会シリーズは2010年に名古屋、東京、金沢を巡回しました。今回はイムラアートギャラリー京都にてこの「古典 -the classics-」を開催します。副題は「チェリー」としました。
昨年制作した「桜川」と「隅田川」という謡曲をテーマにした大作(各H169*w167cm(二曲一双))を展示するほか、源氏物語をベースにしたお花見の風景を描いた新作「花下遊楽図(仮)」をはじめ、小作品の新作も数点展示いたします。
オープニングレセプションでは、少し早いお花見気分で和楽器によるミニライブを開催いたします。古典文学と「ニッポン画」の共演を是非お楽しみください。

この度イムラアートギャラリーでは八幡はるみ展「Kaleidoscopic Yuzen -柔らかい絵-」を開催いたします。

八幡はるみはこれまでに、絹や木綿、ウールモスリンなどの素材に、コンピューターを使ってのデジタルプリントやスクリーンプリント、箔をを用いたり、シェイプドダイと呼ばれる手法を自ら考案するなど、様々な技法を駆使して、装飾・文様美を追求してきました。
今回は3年ぶりとなる4回目の個展です。テーマは「Kaleidoscopic Yuzen -柔らかい絵-」。ダイナミックでありながら、どこまでも自由で、美しい、八幡はるみの染色と装飾の世界を是非ご高覧ください。


今回の展覧会で、八幡はるみは布の柔らかいかたまりのような造形物を制作している。

壁にかけて鑑賞するものなのに裏面にも表現があったり、作品に家紋の刺繍がほどこされていたり、不思議にユーモラスだ。そのふわりとした立体感は思わず手で触れたくなるが、さりとて日常生活での用途があるわけでもない。これはいったい何なのだろう。

どうやらテキスタイルでもソフトスカルプチャーでもない、布の新しいたたずまいが提示されているらしいのだ。
染織のさまざまな方法が思うがままに展開されているのも興味深い。亜熱帯植物をモチーフにして、染め、プリント、刺繍、裁断・縫合、市販布地のコラージュなどが駆使される。ひとつの技法にこだわったりストイックに追求したりするのではなく、子どものように布に触れ、装飾の世界に遊ぼうとする姿勢がそこにある。

展覧会カタログテキストより:成実弘至


かつて芸術を志しながら布をつくる喜びを知り、寄り道してみようと思った。おそらくそこが私のスタート。

襟を正した芸術にはない親近感を見た。この柔軟性、汎用性はかけがえのない根拠としてますます強く私にある。色や形を空想する、イメージする、えがく、染める、縫う、見る、着る、使う、どれもが等価だ。

「染める」を深めていくにしたがって、その豊かさが日本にあったことを嬉しく思うし、なくなりつつあることを悲しく思う。アジアだ。手の国ニッポンだ。そんなことを考えながら、今回は布が欲するくとを自然な「絵」にしてみたいと考えた。

八幡はるみ

この度イムラアートギャラリー京都では木村秀樹展を開催いたします。

木村秀樹(1948年 京都市生まれ、大津市在住)は1974年京都市立芸術大学西洋学科専攻科修了。
吉原英雄らに続く第二世代として関西版画界を常に牽引してきました。
国内外での個展、グループ展、コレクション多数。
2008年の第21回「京都美術文化賞」など受賞多数。
1998年より京都市立芸術大学の教授を務め、多くの若手作家の育成に貢献しています。

今回は当ギャラリーでの3年ぶり四回目の個展。
120*120cmの大作や16枚におよぶ30*30cmの作品など、新作のガラス絵を中心に
20点を越える作品を展示する予定です。是非ご高覧ください。


絵画の支持体が、透明、つまりガラスである事による実験です。
近代絵画の最終、究極の到達点であり、同時に無限の課題と言えるものは、
消え去る事、無い事、つまり透明性ではないでしょうか?
素材(アクリル絵の具を含む)として、透明、半透明、不透明、を使い分けながら
透明性の向こう側が見えないか、、、と。

木村秀樹

この度イムラアートギャラリーでは宮本佳美展「immortal plant」を開催いたします。

宮本佳美(1981年 福岡県生まれ、大阪在住)は2005年京都嵯峨芸術大学付属芸術文化研究所を修了。2008年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻を修了しました。
2010年、現代における写実への取り組みを課題とした、前田寛治大賞展に選出されました。
又、展覧会と同時期の11月から新宿髙島屋にて開催されるARTISTIC CHRISTMAS vol.Ⅳにも出品いたします。
宮本が描くモノクロームは、静謐で美しく、光を感じる、幻想的な世界です。以前は、押し花を漂白して写真撮影したものを描いていましたが、現在はドライフラワーを水につけ、水の中で撮影したものを描いています。本来、花の美しさは造形や色彩、香りですが、押し花やドライフラワーにすることでそれらの美しさをいったん取り除きます。生命には始めがあり、終わりがあり、花の寿命は特に短い。そんな花をずっと変わらない形で留めておきたくて、生花ではなく、押し花やドライフラワーにするといいます。光と共に水中でゆらめく、美しい植物の一瞬の表情をシャッターで捉え、緻密にグラデーションを重ねていきます。

今回は当ギャラリーで初の個展となります。「immortal plant」と題し、100号3点の連作の300号、100号、50号など大作を中心に展示する予定です。
透明感溢れる宮本佳美のモノクロームの世界を是非ご高覧ください。


300号の下絵を作った時に頭をよぎったのは、ルーブル美術館展で見た「聖母礼讃」の絵。
中心の花びらが白く輝き、まわりにフォーカスのはずれた黒々しい花びらや茎がかこんでいる。
その様子が聖母が中央に描かれ、まわりに人々がうごめく空の光景を思い出させる。
目指すイメージは花の舞う様な自由なうごめき、脈動感。いわば激しい踊りの様な感じ。
しかし、時が止まり静かに水の底に沈んでいる。前者は構図で後者はグラデーションの白から黒への描き込みで描く。
花の脈をとても多く描いている。その事についてはまだ答えが見つからない。

宮本佳美

この度、イムラアートギャラリー京都では三瀬夏之介展 「肘折幻想」を開催いたします。

三瀬夏之介(1973年生まれ 奈良県出身)、京都市立芸術大学大学院日本画専攻修了。2009年から山形に拠点を移し、現在は東北芸術工科大学の准教授を務めています。トリエンナーレ豊橋での大賞受賞(2002)、日経日本画大賞出品(2004)、文化庁作品買上に続き、2006年には五島記念文化財団 美術新人賞を受賞。翌年に研修員としてイタリア・フィレンツェで1年の滞在制作を行いました。
続く大原美術館アーティストインレジデンス(ARKO)、そして2009年にはVOCA賞受賞と、着実に画家としてのキャリアを積み、高い評価を得ています。 また、海外でも台北、深圳(中国)、ドレスデン(ドイツ)にて滞在制作やグループ展を行い、日本画という枠組みを越えたフィールドで幅広く活躍しています。 最近ではホワイトキューブでの発表にとどまらず、現在三瀬が拠点としている山形を含む「東北地方」に注目し、大学や地域を巻き込んだ実験的・一時的な展示のキュレーター、ディレクター的役割を努め、その多才振りを発揮しています。
今秋は、当ギャラリーでの個展に続き、五島記念文化財団帰国報告展として東京の第一生命ギャラリー、イムラアートギャラリー東京のオープン記念、そして母校の京都市立芸術大学が京都市内に今年オープンした話題のギャラリー@KCUAにて大きな個展を行います。

ちぎった和紙に墨と胡粉などで描き、貼合わせた巨大な絵が魅力の三瀬。本展では、三瀬が住む山形の温泉地、肘折のタイトルをつけて、十曲一隻の大きく連なる屏風を展示いたします。直径2キロのカルデラ盆地の底に湧きいでる湯とともに1200年の歴史をもつ土地から感じた三瀬の幻想世界が展開します。その他最新作の小作品も展示する予定です。 奈良で育ち京都で学んだ三瀬が、東北の力を吸収して、また京都に帰ってきます。当ギャラリーでは2年ぶり2回目の個展となります。是非ご高覧ください。



肘折温泉は大同二年に開湯したと伝えられている。肘折だけでなく、東北各地の多くの寺社や銅山や温泉地が「大同二年に開かれた」という伝承を有している。言わば、歴史的な〈はじまり〉として東北の大地に刻印されたこの謎めいた年号は、坂上田村麻呂による蝦夷征伐と重なり合うことで、大和朝廷による東北の軍事・経済・宗教における制圧の記憶を逆説的に物語っている。

三瀬夏之介による十曲の屏風図『肘折幻想』は、二万年前の「火山の爆発」という、もう一つの肘折の〈はじまり〉を描いたものだが、画家の郷里であり度々モチーフとして描かれる奈良(=ヤマト)に端を発する「ニッポン」の情景と、興味深い因果関係を見せる。

これまで三瀬は、全長三〇メートルを超える大作『奇景』や、『日本画滅亡論』、『日本画復活論』などで、持ち前の諧謔的オリエンタリズムを発揮し、常に「日本画」における「日本」のありようを問い続けてきた。三瀬の描くあけすけな世俗に塗れた富士山や大仏、五重塔などの「ニッポン」の情景は、現代と過去がめまぐるしく交錯する奇怪なコラージュの化粧に覆われており、そのイマージュの版図を今日のアートシーンに拡げるべく、画面は無限に巨大化する気配を漂わせていた。

しかし『肘折幻想』に三瀬は、かつての狂想曲のような表層のアウラではなく、静かに閉じられていく緞帳に似た、ある種の閉ざされた思慮深さをまとわせている。二〇〇八年の作品『ぼくの神さま』でファルスのように画面から突き出していた山々は、ここでは不可視な闇を孕んだ水墨のなかで粘動しており、火山の熱を含んだ蒸気がその輪郭を曖昧化させている。

現在、三瀬は山形に居を移し、『東北画は可能か?』という問いを自ら掲げて制作に取り組んでいる。肘折温泉の起源を「大同」の伝承に依拠して描くのではなく「正史」以前の曖昧模糊とした世界として知覚し、「山の生成そのものの記憶」として描いたその眼差しの先には、自らが指向してきた歴史化・記号化された「ニッポン」の風景に対峙する『東北画』の母型があったはずだ。その寡黙な画面の裏側で、東北の地から「日本画」の「日本」を揺るがすような視座の獲得が準備されている。

宮本武典(東北芸術工科大学 美術館大学センター 主任学芸員)

この度イムラアートギャラリーでは永島千裕展「alien age」を開催いたします。

永島千裕(1983年 静岡県生まれ、東京在住)は2006年に 京都嵯峨芸術大学芸術学部造形学科を卒業。大学在学中から積極的に作品を発表し、トーキョーワンダーウォール2004入選に続き、2007年には大賞を受賞、都庁での個展も実現しました。2008年には東京(たけだ美術・ワンダーサイト本郷)、京都(イムラアートギャラリー)で個展を開催しました。

永島の、紙にアクリルで描かれた作品の特徴として、繊細な線、均質に塗られた背景、無彩色とポップな色の使い分けの妙が挙げられます。それらによって表現された、ここではないどこかの住人・・・。絶え間なく溢れ出る永島の精神世界は、日本画や洋画、イラストやアニメという言葉ではくくれない、新しく独創的な作品として注目に値します。

今回は当ギャラリーでの2年ぶり二回目の個展。「alien age」と題し、120号(193.9*130.3cm)、80号(145.5*112.1cm)など大作を中心に新作約10点を展示する予定です。是非ご高覧ください。



私の絵はビジョンの発生から始まります。
時折浮かぶそれらのイメージは、小さい頃からのものでしたが、それは日常の日々の中で、形に成らずに浮かんでいた無形無類の物事や感覚が、何かしらの衝撃や流れを受けて、一枚の絵のイメージをとったもののようでした。
そしてそのイメージは、真白の紙に向かうことで、画面の中で繋がるようにして絵として実現されるのでした。

そこには確かに言葉にできなかったものや、忘れていたもの、見えていたけれど気づかなかったものが形をとり、現在として在ることが許されていました。
エイリアンの時代、それは、発信され続け、絵の中で交信された、混沌そのままにある時代です。
どこかで誰かがエイリアンである頃、でもその魂はどこかで何かを生んでいるのだと思います。
それがどんな形でどんな色なのか、私はそれを絵を描くことで見てみたいのです。

永島千裕


作家略歴
1983  静岡県生まれ
2006  京都嵯峨芸術大学芸術学部造形学科卒業
 
主な個展 
2007  「うだいの森」青樺画廊/東京
          トーキョーワンダーウォール都庁2007
2008  たけだ美術/東京
          「at the space time」イムラアートギャラリー/京都
          「The stranger」トーキョーワンダーサイト本郷/東京
 
主なグループ展 
2005  「中村邸にて。」展(北海道)
          「DISCOVERY 2005」青樺画廊(東京)
2008  「WONDER SEEDS 2008」トーキョーワンダーサイト渋谷(東京)
 
受賞歴 
2007  トーキョーワンダーウォール2007大賞受賞

この度イムラアートギャラリーでは、龍門藍・桝本佳子展「Mélange」を開催いたします。

同世代の女性ファッションや、日常生活で形式化された行事やしきたりを大胆な構図、鮮やかな色彩で描く龍門藍。機能的役目をもたず日常生活に違和感なく飾られる壷や皿に、日本的装飾モチーフを大胆にぶつける桝本佳子。二人の作品に共通しているのは、日常化または形式化したモノやしきたりを混ぜ合わせて新たな像、かたちをつくることです。
それらは見るものに驚きや意外性を与え、またその組み合わせの妙や大胆さにユーモアや時には残虐性も感じさせます。彼女たちによって顕在化された日常生活の習慣に、この国の雑多で寛容な文化に気づき、不思議な日本の美的感覚に思いを馳せることでしょう。

本展覧会では、龍門藍は大作(h180*330cm)を含めた新作を中心に約5-7点を、桝本佳子は関西では初出展の作品を約4点発表します。二人による「Mélange(メランジュ=フランス語で混合の意味)」をお楽しみください。



桝本佳子 Keiko MASUMOTO
1982 兵庫県生まれ
2007 京都市立芸術大学美術学部工芸科入学
     京都市立芸術大学大学院 美術研究科陶磁器専攻修了

主な個展
2008  「桝本佳子展」 石田大成社ホール (京都)
2009  「壷と皿」 太陽事務 (京都)
2010  「パノラマ 陶の風景」 INAXガレリア セラミカ (東京)
          「TKG Projects #1 桝本佳子」TKGエディションズ京都 (京都)
          「パノラマ 陶の風景」 INAXライブミュージアム (愛知)
          Gallery Jin Projects (東京)

主なグループ展
2006  「新世代の交感」愛知県陶磁資料館(愛知)
2009  「FIX」元立誠小学校 (京都)
2010  「トーキョーワンダーウォール公募2009入選作品展」東京都現代美術館 (東京)
          「装飾の力」東京国立近代美術館工芸館 (東京)

受賞歴
2007  「大学院市長賞」京都市立芸術大学 制作展
2008  「準グランプリ」東京ミッドタウンアワード アートコンペ2008
2009  「館長奨励賞」京展 彫刻部門
          「トーキョーワンダーウォール大賞 (立体・インスタレーション部門)」トーキョーワンダーウォール公募

この度イムラアートギャラリーでは、安冨洋貴展「水景夜話」を開催いたします。

安冨洋貴(1978 年香川県生まれ)は、2004 年に京都造形芸術大学大学院(洋画)を修了し、在学中から公募展で受賞するなど、その高い技量と鉛筆による独自の表現が早くから高く評価されてきました。
2001 年より絵筆から鉛筆に持ち替え、安冨が描き留めておきたいと求め続けているのは、夜の拠り所、植物、水。すべては、作家の感激の瞬間に宿った心象光景を留めておきたいという思いから発しています。

京都では4 年ぶりの新作個展となります。 大作2 点を含む約15 点と、新たに取り組んだミニマルな方法で描いた「線画」作品を展示いたします。




太陽が沈めば闇が出現し、人はその闇の向こうにいろいろな物語を創造します。
茫洋と広がる夜の包容力に包まれ、循環する自然の営みの中で、庇護されていることを改めて感じ、安らかな気持ちとともに闇に溶け込むことを夜は許してくれます。
昼間の社会の中で肥大化した自我も自意識も、大いなる夜の懐の中では所詮小さなものであることに気付かせてくれ、足元の畔に咲く草花の力強い生命力に驚き、悠久の時を変わらず循環する水の豊かさに生命の輪廻を覚えます。
世界は、太陽に照らされた昼間の社会だけで出来ているのではなく、視点を変え、意識が変われば世界はまるで違ってみえます。
純白の紙の地の上に、鉛筆の筆致を幾十幾百と重ねることで「透明な黒」とでも形容したい独特の色が表れる様は、さながら白昼の空が少しずつ闇に染まっていく、その推移を追随するかのようです。

安冨洋貴

この度、イムラアートギャラリーでは英ゆう個展「森」を開催いたします。

英ゆうは、2007年に京都市芸術文化特別奨励制度の認定を受けてタイに渡り、2009年末までバンコクのシラパコーン大学でレジデンスを行ってきました。

かねてからタイの供花や伝説をモチーフにした色彩豊かな油彩画を描いてきましたが、この期間はよりじっくりとバンコクの街を眺めて暮らすうちに、描く対象の大小を逆転したり、だまし絵のような錯覚的なイメージを多く集めて描くようになりました。
またバンコクでは、油彩画の他にレリーフエッチングやモノタイプなどの版画制作にも取組みました。
油彩画とも水彩画とも違う発色、色の変化や、自分の意志以外の力が働いて完成する版画は、作家に新たな刺激を与えたようです。

今回の展覧会では、バンコクで作成した版画作品約18点とチャオプラヤー川を描いた油彩画大作などペインティングを4〜7点展示する予定です。
今回のタイトル「森」には混沌や混雑、現地の熱帯雨林など、バンコクの生活を象徴する意味が込められています。帰国後初の個展となります。
二年間に渡るタイでの成果を是非ご高覧ください。

また、会期を一部重ねて京都芸術センターの大広間で個展「外を入れる。」(6月13日(日)まで)も開催しております。タイで制作した油彩画大作や版画を、畳が敷き詰められた会場でインスタレーションします。あわせてご覧ください。

この度イムラアートギャラリーでは「佐藤雅晴 バイバイカモン」を開催いたします。

佐藤雅晴(1973年 大分県生まれ)は、1996年東京芸術大学美術学部油画学科を卒業後、1999年同大学大学院修士課程を修了。2000年にドイツに渡り、デュッセルドルフを拠点に活動していましたが、今春から、活動拠点を日本に移します。

ドイツ滞在中に独学でアニメーションを学び、制作を続けていましたが、昨年の岡本太郎現代芸術賞にて「アバター11」と題されたアニメーション作品で特別賞を受賞しました。
又、昨年はソウル市立美術館で開催されたCity net Asia2009や、今年1月にはフランス大使館旧事務所棟にて開催されたノーマンズランド展に参加し、去る六本木アートナイトにもビデオプログラムにアニメーション作品で参加しました。平面作品では自身で撮影した写真をコンピューターに取り込み、その画像をトレースし、ペンタブレットを使用してパソコンの画面上で描いていきます。

初期段階に存在していた写真データは消去され、完成した画像を最終的にプリント出力するという手法で制作しています。
写真でも絵画でもなく、又、写真でも絵画でもある、新たなイメージを表現しようと試みています。
アニメーション作品では、平面作品と同様の手法を用いて、映像表現における新たなイメージの表出を目的に制作をしています。
今回の展覧会では新作を含むアニメーション映像作品を3点、平面作品を5点、展示予定しています。
デジタル技術を駆使しつつも手描きにこだわる作家の独特な手法から生み出される表現をご覧ください。


Interview with 佐藤雅晴

一日の平均入場者数4000人という、現代美術の展覧会では異例の集客数を記録したNo Man's Land展。
旧在日フランス大使館を舞台に国内外から多数のアーティスト達が参加。
その中でも異彩を放っていた作家・佐藤雅晴が、日本では2度目となる個展をイムラアートギャラリーで開催する。5月の個展に先立ち、デジタル技術を駆使しつつも手描きにこだわる作家の独特な手法から生み出される表現について話を聞く。

まず、今回の個展のタイトルでもあり、出品作の「バイバイカモン」についてお聞かせください。
佐藤:このタイトルは、ドイツ留学中に見たアダルトビデオから発想を得ています。
ビデオの中で、外国の女優さんが絶頂を迎える時に発した台詞は「come on !」でした。
これは、僕が、その当時まで、日本で認知していた、「いくーっ !」とは真逆の意味でこの「come on !」には「行く」と「来る」二つの意味があることを後で知りました。
エクスタシーに行くのではなく、エクスタシーが来るというニュアンスなのですね。

海外生活に於いて外国語の持つ概念のずれや違いはよく指摘されるところですが、この180度反対の言葉で同じ事を指し示すという複雑怪奇な出来事は作品の表現として転化できるのでは?と思い制作にとりかかりました。
自分のおかれた立場や状況によって生まれるこの矛盾。出品作の「バイバイカモン」では、まさにこの混沌加減が作品化されていると思います。
 
佐藤さんの制作方法について教えて下さい。
佐藤:普段からスケッチや言葉を書き留めているアイディアノートがあって、このノートに描かれたアイデアは、瞬間的にアニメーションでいける!と決定できる時もあれば、一年以上かかってもどちらにしようか迷っている時もあったりと、この選別作業が一番面白いんです。
そしてアイデアを具体化するために、モデルやモチーフを用意し、撮影する場所を探して、まずは実写で撮影を行います。その撮影した動画や写真をコンピューターに取り込んで、Photoshopというソフトを使い、トレースして、あとはひたすらペンタブレットを使って描いていきます。

わかりやすく説明すると、キャンバス(モニター画面)に向かって、絵の具(Photoshop)を筆(ペンタブレット)ではしらせている感じです。そして、原画が完成した時点で、レイヤー分けされた実写のデータは消去され、イメージだけが画面上に定着します。
アニメーションは、このイメージの積み重ねで動きが生み出されているので、作業をしている本人からすると静止画のオンパレードなんです。時間をかけて一枚一枚静止画を描き繋げていってアニメーションの形にしたあとでやっぱり一枚の静止画のほうがイメージをストレートに伝えられることに気づいてしまい泣く泣く他の静止画がお蔵入りしてしまうこともあります。
 
なるほど、ではやはり実写をベースに制作されているから写実的なビジュアルに作品がむすびついているのですね。
佐藤:そうですね。最終的には実写のデータは消去されますが、一度撮影した事物を自分の中で解体しつつも再び元の事物に復元していく感じというか...例えば、僕の実家には仏壇のまわりにたくさんの先祖の遺影が飾ってあって、それを見て育ちました。
遺影というのは印画紙に焼き付ける前にかなり修正されているのです。
皺を取ったり背景を入れ替えたり衣装を合成したりいろいろと加工されることで、その肖像のイメージアップがなされる、つまり単純に記録として定着させるのではなく恒久性を帯びさせていくという点で僕の行っている作業にとても近いと思います。
 
佐藤さんの作品は、暗い、怖いイメージが多いように感じられます、これは意識的にそういったテーマを選んで制作しているのでしょうか?
佐藤:個人的にホラー映画が大好きでよく観ているからかもしれません。
ただ、ホラー映画といっても、普段は目に見えない存在が突然現れて恐怖したり、身体的な痛みの感覚を植え付けながらも虚構で終始するものではなく、メタフィクション(超虚構)を描いている作品、例えば、デヴィット・リンチ監督の「ツイン・ピークス」などは強烈にメタフィクションを感じます。
それに彼の作品を見ていて感じる不安感はとても言葉では言い表せないものですが、リアリティのある夢を見させられている感覚があって、何度観ても新たにインスピレーションを受けます。
 
最後に、これからの展開についてお聞かせ下さい。
佐藤:今回の出展作品のアニメーションはすべてループ映像として制作しています。
去年制作した「Avatar11」でもループの手法を用いて映像にしています。
ループを用いるのにはいろいろと理由があるのですが、例えば、出展作品の「escalator girl」のように下降用のエスカレーターを登って進む人物の行動を一部ぬきとって、それを反復させる事により進むという行為の意味が変化していったり、見る人の受け取り方で無限の広がりを与える事が可能です。
また、ループを使う理由とはちょっとズレますが、展示された映像作品を観賞する際にたまたま途中から見出した場合、途中→終わり→始まりの流れで映像を観ることになってしまい、長時間の映像や起承転結のあるものは余計にこの構造が悪印象につながる事があります。

ただ、一概に起承転結のある映像作品すべてがそういった印象を与えるわけではないと思うのですが、映像表現の持つジレンマみたいなものを無自覚に垂れ流している作品に出会うと、少し傲慢な感じを受けてしまいます。しかし、同じ平面上で展開している絵画にはそのような事は感じずに観れると思うのです。
絵画はその飾られた展示場に佇んでいるというか、いつでも待っていてくれています。
当たり前と言われればそれまでなのですが、絵画のもつ自立性みたいなものを映像表現を使って、今後も「始まりも終わりもない感覚」を表現できないかと考えています。

この度、イムラアートギャラリーでは「上田順平展」を開催いたします。

上田順平(1978年 大阪府生まれ)は、日本の伝統や大衆文化をモチーフにした作品を制作してきました。彼の手から生み出される作品は、生活の中で見慣れているものを違う視点で見せるだけに、私たち現代人を戸惑わせつつも、強く訴えかける力を持っています。そのかたちは単なるパーツの寄せ集めではない新しい生き物の誕生であり、国や文化を越えた造形と言えるでしょう。

しかしその表現は、陶磁器という素材によって制作されている点において、重要な意味を帯びてきます。上田は、異なるキャラクターの組合せや性別の同居、機能と装飾の関係など、様々な要素の混在により作品を構成します。この混在は、現代美術と工芸、西洋と近代以降の日本など「間(はざま)」にある陶芸や自分自身、今の日本をかたちにしたものと言えます。そしてこの表現は、日常的に馴染み深く、「うつわ」になり「おきもの」にもなる、まさにはざまにある「焼きもの」だからこそ可能であり、あらゆるものや思想を受け容れ広がってゆく可能性をもっているのではないでしょうか。この「焼きもの」という特質と上田の創造性が、強く深く結びついているのでしょう。

昨今、日本的な要素をモチーフにした作品は多く見られますが、上田の作品は表面的な見た目の面白さに終始しない、卓越した技術と感性、探究心に裏付けられています。
今回の展覧会はパート1、パート2の二部構成とし、前半は2009年に岡本太郎記念館で発表した大作を展示し、後半では、常に表現の広がりを求める上田が今まで行ってきた装飾を可能な限り排除した新作を約5点展示します。特に後半は今後の上田の方向性を知る上で見逃せない展覧会となります。

昨今、五島記念文化財団の美術新人賞を受けた上田は、9月からメキシコへ渡り、一年間の予定で滞在制作を行います。
ますます広がってゆく上田順平の今とこれからに是非ご期待ください。

■パート1:「帰ってきたウラシマピーターパン」   会期:2010年4月3日(土)〜2010年4月10日(土)
■パート2:「カンゲン」  会期:2010年4月13日(火)〜2010年5月1日(土)

この度イムラアートギャラリーでは「Harmony Analysis: 中山徳幸 渡邊佳織」展を開催いたします。

中山徳幸(1968年、長野生まれ)は、武蔵野美術大学で油絵を学び、2003年にシェル美術賞に入選、2006年にはVOCA展の出品作家に選ばれました。

中山は一貫して女性を描き続けています。中山の作品は、単純化された線によるフラットな描写からは想像もつかないほど、無数の色層の重なりによって成り立っています。キャンバスいっぱいにクローズアップされた女性の顔。モデルは中山自身の中にある記憶やイメージだと言います。
彼の創作は、日常生活における人との出会いから生まれる感情や印象を表現するという極めて個人的で自然な思いから発し、シンプルに昇華された形となって表されています。

一方、成熟した女性ではなく、少女を描き続ける日本画家・渡邊佳織(1984年、静岡生まれ)。昨年、京都嵯峨芸術大学大学院芸術研究科を修了し、京都嵯峨芸術大学卒業制作展では卒業生特別賞を受賞しました。

その高い技術と表現力によって、あどけなさと成熟さをあわせもつ少女の多感な世界を表現しています。そこには、脆弱さと鋭利さが調和した不思議な空間が描き出されています。
男性/女性、アクリル/日本画、この二人に相違点はあるものの、中山と渡邊の作品は美しいという点において共通しています。今回、彼らの旧作と近作を展示いたします。
美しい調和の秘密をさぐるべく、作品との対話をお楽しみいただければ幸いです。

この度イムラアートギャラリーでは「俗なる美意識 − 上田順平・山本太郎・龍門藍」展を開催いたします。

本展覧会の作家たちが用いる技法は陶芸・日本画・油彩とさまざまですが、彼らは現代の日常生活に根ざした視点や感覚で、日本独特の文化意識や慣習がはらむ問題をとらえて制作しています。

伝統的なものから、通俗的、土着的、ときに卑俗的なものにいたるまで、彼らの関心は幅広く、近代以降の日本文化の雑食性を映し出しているようです。その雑食性こそが日本特有の美意識であり、日本文化の一面を表しているといえるかもしれません。

歴史を振り返り、現在を見つめる彼らの作品には、新しさを予兆する何かが表現されています。

この度イムラアートギャラリーでは吉田翔個展 「INSPHERE - つつみ込まれるように -」を開催いたします。

道端に咲く花や光と戯れる夜の街...日常の何気ない風景を絹に墨と胡粉という日本画の素材で描き続ける吉田翔。日本画出身の作家と聞いて一瞬驚くのは、その作品がマチエールを感じさせず、まるでコントラストの強いモノクロ写真と見間違うからではないでしょうか。しかし作品に近づいてみると、吸い込まれそうな漆黒が実は松煙墨、発光しているように眩しい白が白鷺胡粉によって描かれている、正に絵画なのだということを確認するのです。

作品はあくまでシンプルでストイック。展示空間の中で静かに呼吸しているように感じる作品たちは、「主張し過ぎていない、品のある絵。ただそこに佇んでいるような感じの絵が描きたい」、「一枚の絵を見るというよりは、俯瞰して空間の中にどうあるか」を考えながら制作する吉田の言葉そのままと言えるでしょう。

当ギャラリーでは2回目の個展となる本展では「光と影/白と黒」をテーマに、花と夜の街のシリーズを中心に新作を含め約25点を展示予定です。

この度、イムラアートギャラリーでは「伊庭靖子展 - resonance 共鳴・余韻- 」を開催いたします。

伊庭靖子(1967年京都生まれ)は、現在最も注目されている作家のひとりです。
今年2月に開催された神奈川県立近代美術館・鎌倉館での個展では、過去約10年間の作品を展示。
今年4月には、資生堂ギャラリーで開催された「椿会2009:Trans-Figurative」において新作を出品し、
光と質感の表現を探求するストイックな作家の姿勢が広く評価されました。
今年末には、国立新美術館の「DOMANI・明日展」に出品いたします。
今後の活動に一層の期待が寄せられています。

伊庭は、クッションやソファー、果物、磁器など、日常の身近なモチーフを、自然光のもとで自ら撮影し、
その写真のイメージを素材にして、写実的に描きます。
しかし、伊庭が描き出すのは、ハイパーリアリズム的な無機質な世界ではなく、親密な空間そのものです。
筆触を残さずに緻密に描き出した質感と光によって、観る者の五感と記憶を揺さぶります。
見る側を共鳴させ、独特の余韻を与える力こそ、伊庭作品の魅力といえるでしょう。

今回展示するのは、クッションと陶器のシリーズです。110×240cmの大作を含む油彩新作5点とパステル画になります。ぜひご高覧ください。

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