イムラアートギャラリー [京都/東京]

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この度イムラアートギャラリーでは「高桑康二郎展 - アタラシイヒトの方へ -」を開催いたします。

本展では、現在パナマで意欲的に制作を続けている、高桑康二郎の新旧約10点の作品を展示いたします。明るい色彩で丁寧に描かれた高桑の作品は、一見、爽やかな空気をまとった心地よい日常の一光景のようです。しかし、そこには、異次元の諸要素が重なり、不思議な重力の世界が広がっています。
これから何が起こるのか、予測しがたい意味深長な高桑作品を目の前にして、私たちは不思議なざわめきを感じずにはいられません。会期中は、作家がパナマより来廊する予定です。ぜひご高覧ください。


「アタラシイヒトの方へ」という名称は、大江健三郎さんのエッセイ集のタイトルの一部をカタカナへ変更したものです。私は、この本を数年前に読んだのですが、読んでいると恐れを忘れ、穏やかな気持ちになれたのを記憶しています。残念ながら、この本の中で、新しい人についてどのように書かれていたのか、今では覚えていません。
私達の生きるところには、見えないけれど、とても多くの世界があるように感じます。そして、新しい人とは、その特定の1つの世界の住人として大きくなるのではなく、多くの世界の住人として、小さくても常に新しいバランスを模索しながら生きているような人だと感じます。
私は、そのような何かを少しでも表現できればと願っています。

高桑 康二郎

この度イムラアートギャラリーでは、ベ・サンスン(BAE Sangsun)展「関係の形 - 結び目 -」を開催いたします。

ソウルの美術大学を卒業後、東京、ロンドン、そして京都と制作拠点を変えながら果敢に独自の表現を追及してきたベ・サンスン。主に大作に見られる白いキャンバスに木炭や青墨で描かれた作品、そして黒のベルベット生地に面相筆で幾重にもジェッソの線を塗り重ねた作品。白と黒のみで描かれるベの作品は「私たちが他人と結ぼうとする人間関係」を形にしたものです。
本展では180cm程度の大作を含めた新旧作約7点を展示する予定です。VOCA展での出品二回や個展など日本での活動はもちろん、韓国、ドイツ、アメリカでの発表など、エネルギッシュに動くベ・サンスンの当ギャラリーでは初めてとなる個展を是非ご覧ください。



「私たちが世の中に生まれる瞬間、へその緒はママと赤んぼうを連結してくれる唯一の生命の線である。その生命の線は、私たちが唯一視覚で確認することのできる'関係の形'なのかも知れない。そして、へその緒が切られる瞬間から私たちは、目に見える関係の線から離れ、独立した状態で生きて行く。その切り離された時から、孤立感を補うための行為として、私たちは他人との関係を結ぼうと努め一生を過ごすことになる。

私の芸術の前提は、人間が一人では生きられず、誰かと '関係を結ぶ努力'を継続する、というところにある。目と目があう瞬間、肌と肌が触れ合う瞬間、まさに人と人との出会いの始まる瞬間が私の制作の出発点である。そして絶えず変化する人間関係の観察が主に制作に関わっているともいえる。
制作においてすべての線は人々を形象化している。その線たちは重なったり、団結したり、狂ったり、集まったりして、新しい出会いを追い求めるように多様な形をつくっていく。そうして形をもった黒い固まりたちは、人間関係から出てくる色々な感情で成された蓄積物を意味する。深さのわからない真っ黒な暗さは、へその緒から離れた、孤独な人の気持ちかもしれない。」

裵 相順(ベ・サンスン)



白と黒。もっとも無に近い黒と白の平面にベ サンスンは絵画を生成させる、その手法は二つあり、ともに線描によって成る。ひとつは、青墨をまぜたジェッソの白いキャンバス画面に、木炭でひいた線や、手の指ですり込んだ線が、無数に生まれて連なり、面や、太い線となって命の脈動するような感動をたたえる。
もともと人体デッサンに基づく抽象化した輪郭線から出発していることもあって、有機的な線の韻律があり、それが生命のつながり、結びのかたちにもつながっている。
もう一つの手法は、黒の布地の画面に細筆による白の繊細、軽快な描線を無数に積層させ、描き残した黒い穴などの画背の無限の深淵が広がっているような描面である。
情緒をそぎ落とした黒と白の禁欲的ともいえる色と一本の線から絵画を成り立たせていくベ サンスンの作品は、感覚的な色のふるまいや作法の新奇さに甘えた近年の絵画動向とは対極の、根源的な描画に足場をおいている。
その真摯な創作姿勢から生み出される絵画の生命力を期待とともに見守っている。

太田垣 實(美術評論家)

この度、イムラアートギャラリーでは初の個展となる三瀬夏之介展「J」を開催いたします。

本展は来年1月に東京の佐藤美術館で開催される、三瀬にとってこれまでの集大成となる個展「冬の夏」への前哨戦ともいえる個展となります。
三瀬は、奈良に生まれ奈良で育ち、そして京都市立芸術大学大学院で学びました。2002年トリエンナーレ豊橋での大賞受賞をはじめ、その後も日経日本画大賞出品、文化庁作品買上のほか全国的な規模で個展、グループ展、美術館での出品などを数多く行い、今や日本画の世界だけでなく美術界全体から注目される存在となりつつあります。
そして一昨年は、五島記念文化財団研修員として一年間イタリア、フィレンツェに渡り、また昨年は大原美術館アーティストインレジデンス(ARKO)に参加するなど、その活動はますます精力的になってきています。

三瀬の作品は自分の生まれ育った奈良や日本など、自分の居る場所を題材描かれています。フィレンツェでの一年の滞在は、三瀬に新たな出会いやパワーを与えて、大きく彼を成長させるものとなりました。そんな彼がホームグランドに戻り、新たに日本・奈良を描きます。その名も「J」。この「J」にはどんな思いが込められているのでしょうか。

本展では初挑戦となる屏風作品も制作いたしました。 絶えず進化を続ける三瀬。是非ともご高覧ください。



最初に断っておくが"J"とは"Japan"のことではない。

この展覧会のために制作に励んでいたとき、必ずぼくの心の奥底に響いていた存在、それが"J"だ。 描きたいという切実なる初期衝動が一番大切だとはいえ、作家とは何をどこまで知っているべきなのだろう?

基底材や絵具などの材料知識、保存のことまでを考えた技法知識、自作の位置づけに関する歴史知識、自作の流通や発表に関する社会知識、描き続けていくためのサバイバル的予知能力、などなど書き出せばきりがないほどに多い。もちろん知らぬが仏ということもある。

実は"J"とはその存在が非常に怪しい。史実と伝説のはざまに生きる存在、それが"J"だ。 彼のことをしっかりと調べ、認識し、描き、直視しない限り、彼は荒ぶり、猛り、この国を滅ぼすことになるような予感がぼくにはある。 今回の個展をきっかけに、今まで見て見ぬ振りをしていた"J"とようやく向きあえるような気がしている。

三瀬夏之介

この度イムラアートギャラリーでは「川村悦子 自然のかたちを求めて」を開催いたします。

川村悦子の作品を前にした者は誰もが、その卓越した技術と美しさに圧倒されます。油絵具のマチエールを際立たせるのではなく、何層も塗り重ねることによって描か れた画面は、まるで日本画のような気品さと透明感にあふれています。

これまで川村が描いた自然の姿、「蓮」や「樹木」などは、時に力強く、時に繊細で、 それはまるで私たち人間の姿のようにも見えます。川村の命あるものへの深い眼差し、 私たちはそれを感じ、川村の作品に感動するのではないでしょうか。

本展では新作5点をメインに展示いたします。 是非ご高覧ください。


ARTIST STATEMENT

最近、箔を絵のなかに用いるようになった。 均一で光りを跳ね返す豪快さと、箔特有の無機質な冷たさが、揺れ惑う油彩画面に、 一種の威厳と自信を添えてくれる。

私を動かすのは、描く対象を追い求めるなかで、 その芯の部分に迫ろうとするほどに遠のく対象の存在の不確定さだ。手許を凝視しながら 時々その手許が巨大な象のようにも、 あるいはひとかけらの小さな豆粒のようにも感じ られるのは、単なる視力の疲労によるものかもしれないが、こういった幻覚体験は絵描き の密かな愉しみともいえる。

普段は見えない日常の裂け目が、ぽっかりと口を開け、 自然のさまざまな現れと交歓できる幸せな時間が待っている。箔は意外に面白い裂け目を 見つけだす視覚の入口でもある。

川村悦子

 

 

この度イムラアートギャラリーでは日本画家、渡邊佳織の展覧会「祈り紙 ~inOrigami~」 を開催いたします。

渡邊は、現在京都の美術大学の修士課程二回生在学中ですが、すでにイタリアでのグループ展参加、写真家・蜷川実花の監督作品「さくらん」の劇画協力など積極的に活動し、日本画の枠におさまらずあらゆる分野で注目を浴びている期待の若手日本画家です。

絹地に描かれた少女の透き通るような肌、丁寧に引かれた線描、そして少女の胸元や手のひらから飛び立つ折鶴やリボン。この色彩のコントラスト、静と動の対比は、あどけなさと成熟さを併せ持つ少女の多感さを、そのまま表現しているように見えます。その幻想的で力強い、そして大学での模写で身に着けた確かな技術によって描かれた渡邊独特の絵画世界は、見るものを引き付けます。

本展では120号、80号の大作を含めた新作約5点(予定)をメインに展示いたします。是非ご高覧ください。


Artist Statement

制作する上で考えていることは、「いかにひとの現実逃避を促せるか、矛盾が調和し幸福な違和感を与えてくれるユートピアを描けるか」ということです。また何よりも自分にとっておもしろいものであるということを目指し、かたちは変わりながらも描いてきています。
折り紙は、鋭く危険なように見えますが、紙でできているし非常に脆い性質を持ちます。それが、儚げな少女と同居している様子に幻想的な作品展開の可能性を感じ、取り上げてきました。特に、「非常に脆弱であるがとても鋭利で近寄りがたい子ども独特の空間(安全地帯)」を表したいと思い制作しています。子ども、特に少女は、身体的なイメージ(綺麗な髪、滑らかな肌)も相俟って、より神聖な空間を作っているように感じます。 

渡邊佳織

この度イムラアートギャラリーでは、山﨑史生の個展を開催いたします。

牛、鶏、山羊・・・家畜の頭に子供の胴体に、純朴な佇まい、しかし圧倒的な存在感を放つ山﨑史生の彫刻たち。10年前に美術大学を卒業して以来、構想を練りつづけて、いよいよ完成した表現を一昨年に個展で発表。本展では160cm程度の大作を含めた新旧作約3点を展示する予定です。日本のみならず海外のコレクターからも圧倒的な支持を得ている山﨑史生の世界を是非ご覧ください。


Artist Statement

'静かな隣人'では家畜を擬人化しているのですが、その根底にあるテーマの一つに'鬼'があります。鬼に対して抱く概念は所説様々なものがありますが、ここでは抑圧され加害者になりえるもの、そして仏教的自然の一変化のこと、とします。 具体的には日本の仏教系の鬼に牛頭、馬頭鬼というのがいて、これは出会えばかならず理由なき殺人をおこす、お坊さんまで殺めてしまう凶悪な怪物なのですが、もとは動物を呵責した人間の罪の意識が生みだしたものなのです。
僕はこの怪物に興味を持ち、それは'静かな隣人(silent neighbor)'という作品の内にコンコン湧き出しています。もっとも、作品は兇暴性のない傍観者として造っているのですが。 そして身体(特に顔)の歪み。極端な言いかたをすると生命の有り方の本質は歪み(もしくは歪みを補おうとする力)にあると思っています。この歪みを作品のなかでデフォルメし、又、それを補整することで命の有り方を模倣出来ないだろか、と考えています。

 

この度イムラアートギャラリーでは上田順平個展「パチモン」を開催いたします。

上田順平は先日第11回岡本太郎現代芸術賞展において岡本敏子賞を受賞しました。 彼は2005年京都市立芸術大学大学院の陶芸科を修了し、陶作品であることへのこだわりをもって、様々な作品を制作しています。 彼の作品は一般的にイメージされた陶芸=器やクラフト、クラシックな素材でなく、あくまで素材としての陶であり、しかし陶でしかなしえない表現、確固たるこだわりをもって、一般的な陶に対するイメージを覆すような作品です。

まず視覚にそのキャッチーな見た目の面白さが飛び込んできます。本展「パチモン」では名前の如く、色々とおとぎの国から名前をパチった(盗んだ)作品を一同に展示します。 メインの作品である「キンタウルス」でいえば、まずそのネーミングのとおり、金太郎とケンタウルスを融合した出で立ちで、頭にはヘルメット、口にはマスク、そして足は木彫りの熊、背中には霊柩車が乗っかって扉もひらくなかなか粋な演出もされています。 ほかには桃太郎と招き猫例えば普段使っているポットに死ぬほど取っ手や注ぎ口が付いていたり(ぶら下がっていたり)、どれだけお金がたまるのだろうと思うような、とてつもなく大きい貯金箱(でも後ろ姿はいささかワイセツ)、今回受賞した作品は学生紛争を思わせる姿を彷彿とさせるような出で立ちでも、絵本にでてくる主人公であったりと、作品には彼の中の改造や装飾に対してのこだわりや、現代社会への皮肉や風刺を多くとり入れ表現しています。 その表面的な上辺だけの表現だけでなく、工芸的要素である作品の仕上がりとしての美しさ(施釉、フォルム、窯変)を秘めており、陶だからこそ表現できる、土を捻って生み出される繊細なフォルムや、釉薬、焼成の質感といった、物質そのものが生み出す美しさは、作品のなかに奥ゆかしさや重厚感となって観客に訴えかけてきます。

本展では岡本敏子賞を受賞した作品と小品を合わせて展示いたします。 上田はこれまでに関西・中部では美術館をふくめ、すでに様々なシーンで発表を続けております。陶芸界のみならず、多方面での注目を集めており、若いながら知名度を上げております。 是非ともご高覧ください。

この度イムラアートギャラリーでは、安冨洋貴展「夜深景―ヨフカシノカゲ―」を開催いたします。

安冨は2004年に京都造形芸術大学を卒業し、公募展での受賞、美術誌で期待する新人作家に挙げられるなど、新進気鋭の作家の一人です。
彼の作品はすべて鉛筆で描かれています。 鉛筆独特の鉛色に光る黒は、モチーフである夜のしんとした情景を見事に表現しています。

描かれた風景はごくありふれた町の風景。 しかしそのなかでの出来事はどれも非日常で、誰もいない路のひっそりと置かれた傘に雨が滴りおちる様子や、シンメトリーに置かれた傘。 溢れ出る水でいっぱいのバケツ・・・。 そこはまるで朝のこない、永遠の夜を切り取ったよう闇の世界。 描かれる夜の雨音はより静寂さを増徴させ、人の気配を感じさせるような臨場感に溢れています。

京都では初の個展となります。 大作を三点と小作品を約10点展示いたします。 是非この機会にご高覧いただきますよう宜しくお願い申し上げます。

英ゆうは1998年に京都市立芸術大学大学院を修了し、修了以前からも個展の開催や路上でのライブパフォーマンスなど積極的な活動をしてきました。

大学院を修了後に旅行で訪れたタイは彼女に鮮烈な影響をあたえます。
タイという仏教のもつ神秘性が今もなお色濃く息づいたの風土に魅了された彼女は、「ワクワクの木ミクストgo-go-BAR」「供花」シリーズを展開します。これらのシリーズから彼女の作品は、元からもつ造形センスや色彩感覚にタイでの経験が見事に調和し、反映されて東亜的で瞑想的な作品を生み出すようになります。

その後、2004年~2005年に文化庁新進芸術家海外留学制度によりチェンマイに 1年間留学します。その滞在の中では、以前から興味をもっていた版画作品の制作を手がけるのと一方で、「ワクワクの木ミクストgo-go-BAR」や「供花」でのイメージの存在と自分自身との関係を見直し、距離感を少しずつ縮めてきました。
帰国後の彼女はチェンマイでの滞在の経験を通して見えてきた世界観を、再び大きな画面に油彩画で描き出します。

本展ではその集大成ともいえる油彩画とチェンマイで制作した版画作品を展示致します。
その後は、10月から京都市芸術文化特別奨励制度により再びタイを訪れ、シラパコーン美術大学で2年以上の長いスパンで研究と制作を予定しています。
タイという言い知れぬ空気に魅了された彼女。今後もより幻想的な世界観をみせてくれるに違いありません。

この度、イムラアートギャラリー(京都)とキャスパーズギャラリー(東京)は合同企画のもと、今後の活躍が期待される若手平面作家、

この度イムラアートギャラリーでは中山徳幸展を開催いたします。

中山は2003年度シェル美術賞で本江邦夫氏(府中市美術館館長、多摩美術大学教授)推薦により入選を果たしました。
単純化された線によるフラットな描写、無味乾燥な表情、キャンバスいつぱいにクローズアップされた顔。コンピュータ・グラフィックのような質感からは、線や色彩のあいまいな交わりや混り気はなく、そのパーソナリティーさえもトリミングされたようにも感じられます。

しかし、中山の創作は、日常の人との出会いから生まれる感情や印象を表現するという、きわめて個人的で、シンプルでナチュラルなきつかけから生まれています。日常性を超越するのではなく、自らの気持ちが作品に劇的に昇率されるものでもありません。
作品の同時代性としてのテイストと、素朴なインスピレーションの緩やかなフュージョンが、見るものの視線を惹きつける作品です。

近作新作13点を展示いたします。是非ともご高覧ください。

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